3、土魔導士、領主とは名ばかりの存在と知る。
「へぇ~あんたが新領主様か」と男は言った。
男は海賊の船長でも被るような帽子をかぶり、葉巻をかじり、そして、豪華な牛皮の背もたれがついた椅子に王者のように深く座り、肘掛けに肘をつき、頬杖をしていた。
オルテガは、再度この男を見上げた。
すると、この男のゲジゲジの太い眉毛がうごく。
「どうやら、まだうまく自分の立場を飲み込めてないようだな?」と男は言った。
そうだ。
まだ飲み込めていない。というか、よくわからない。
なんでこの男がこんな上等な椅子に座って、どうして俺が“こんな風”になっているのだ? 俺は領主なのに……
オルテガの体には縄が巻き付けられており、木の板を張り合わせた床に這いつくばるような恰好で倒れていた。所々に飲みかけのビンが倒れており、そこから酒臭いにおいが部屋に充満していた。
どうしてこんなことになったんだっけ? オルテガは思い出そうとする。なんでこんなことになったのかを……
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
あれはたぶん二日前の出来事だった。
オルテガは、キエナが消えたあとに独りトルトゥーガの街を歩いていた。
自分の屋敷で色々考えようと思ったからだ。今後のことも含めて色々だ。
それで……領主の館に向かっていたのだ。
その道は何故か人通りが少なく、通りを歩くのも男ばかり。たまに女性を見かけても、頭から足首あたりまですっぽり隠れる服装をしていた。
夏なのに……
そのことを不思議に思いながら歩き続けると、喉が渇いた。
だから、たぶん何の気なしにふらりと酒場に寄ったのだ。
恐らく、それがいけなかった。
店の中は荒れていた。いくつもの椅子が乱雑に倒れ、木窓が破れ、床にはおびただしい量の酒がぶちまけられていた。その奥に、独りの男に寄ってたかって殴りかかるガラの悪い連中がいた。
大きなため息をついたオルテガは、仕方ないと思いながらも彼らを仲裁しようと割って入る。
すると、伸ばした手を振り払われ、間髪入れずに頬を殴られたのだ。そのガラの悪い連中に。
「テメェも俺たちに逆らおうってのか!」と、その連中は言った。
だから、たしかこう言い返した。
「お前たちこそ俺に逆らうのか、この新しい領主オルテガ=リーズ様に」
男たちの目の色が変わった。
ほーら、すぐに謝ってくるぞ、とオルテガは思っていたが、その予想とは真逆の反応を彼らは示した。
今度は胸から短刀を取り出し、こちらを攻撃してきたのだ。
こいつら頭がおかしいのではないか? と思いながらもオルテガは、やむなくゴーレムで応戦した。割と簡単にのしてしまったが、今思うとそれもいけなかったのかもしれない。その男の仲間と思われる連中がその酒場に殺到したからだ。
20人? 30人? という規模の人間だ。
オルテガは土魔法で対抗しようとするが、その前に誰かに後頭部を殴られ、そしてどこか暗い場所に閉じ込められたのだ。体を縄にグルグル巻きにされて……
たぶん、腹の減り具合から考えて丸一日は閉じ込められていたに違いない。
それからしばらくして、突然扉があき、ここに連れてこられたのだ。
この領主の館に……
この異様に眉毛が太い男の前に……
そして、現在に至る。
ゲジゲジ眉の男は通称“領主の椅子”と呼ばれる豪華な椅子に深く腰掛けたまま言った。
「俺の名はバクラム。この街の支配者だ」
「支配者……だと? 市長か何かか?」とオルテガは聞き返すが、その質問にバクラムは鼻を鳴らした。
「おいおい。お前さん頭は大丈夫か? というより何も聞かされてないみたいだな」
「?? なんだと?」
「現在のリーズに領主なんてものは存在しねーんだよ。ここは王政の権威の届かない場所ってことだ。この街を支配しているのは俺たちダルダ団さ」
「は? そんな馬鹿な」
「本当さ。俺たちは起きたい時に起きて、寝たいときに寝て、食べたいときに食べて、犯したいときに犯す。誰にもそれをとがめられない。何故なら、この街の支配者は俺だからだ」
「嘘だ。そんな状態を王政が放っておくわけがない!」
「ああ、もちろん放っておかなかったぜ。やつらはここに軍隊をよこしやがった。でも俺たちがそれを撃退した。二度もな。二度も俺たちはやつらを撃退してやった。それから、お前のような形ばかりの領主がやってきては、俺たちに追い返されてばかりいるってわけだ。聞けばそのマヌケたちは王都アヴァロンで斬首されたそうじゃねーか。ほとんど全員。あーっはっはっはっはっはっは。ざまーみやがれ!」
え?
天地がひっくり返らんばかりの衝撃だった。
「そんな馬鹿な……」言葉がつづかなかった。
「信じるか信じないかはお前に任せるぜ新領主さま。とにかく俺に分かることといえば――」
バクラムは二本指で首をかっ切るポーズをする。
「これがお前の運命ってことさ。ひゃーっはっはっはっはっはっはっは」
バクラムは、そう言い終えると、オルテガの顔面に唾をはく。
それがオルテガの額にひっつき、ねちょねちょの液体が鼻の脇を通り抜ける。
「おい、誰かこの哀れな領主さまの縄を解いてやれ。そんで、この建物から放り出せ」
オルテガは縄にグルグル巻きにしばられたまま、引きずられ、この部屋から退出させられる。
「じゃあな。哀れな領主さま」とバクラムは笑顔で言い、扉がしまった。
体を引きずられ、外へ連れ出される最中、オルテガの頭にあるのはたった一つの言葉だけだった。
まずい、まずい、まずい、まずいぞ。
その言葉だけが頭の中をずっと駆け巡っていた。