21、土魔導士、決断する。
リーズ領主の館の前でオルテガは顔をあげた。
雲一つない青々とした空が目の前に広がり、まるで疲れを知らない子供のように輝く太陽の光がその瞳に飛び込んできた。
オルテガは眩しくて目をほそめる。
次に視線をさげ、トルトゥーガの中央通り走る二本の溝を眺めた。
馬車の車輪が作り出した溝だ。
とっても新しい溝。
それが、トルトゥーガの街の外へと続いていた。
「よかったのですか?」と後ろから女性の声が聞こえた。
オルテガは苦い顔をした。
「まったく、悪趣味な女だ。聞いてやがったのか……」と言いオルテガは振り返る。そこには鉄の門にもたれかかり、腕を組み佇むキエナがいた。
「当然でしょう? 私はあなたの相棒なのだから」
「ったく……。本当に厄介だな……気配を消すスキルというのは……」とオルテガは悪態をつく。
「でも、よかったのですか? 本当に……」とキエナは言葉を濁し、そして馬車が消えていった方角を眺めた。
そんなこと、聞かないでほしかった。
俺だって、俺のことが分からない……
でも……これが一番正しい決断のはずだ……
そう思いオルテガも溝が続く先を眺めた。
本当に、溝はどこまでも続いていた。
時に人は思ってもみない決断をする。
それはオルテガとて例外ではない。
オルテガにとってアークホルン家の一員になることは夢に近い願望だった。
そんなオルテガにとってセルフィの手をとることに迷いなどあるはずがなかった。
あるはずがなかったのだが……
オルテガはその手をとらなかった。
これからもオルテガは田舎のリーズ領でひっそりと暮らしてゆく決断を下したのだ。
「では改めて聞きます」キエナは言った。「どうしてセルフィ様の手をとりアークホルン家の一門にならなかったのですか? あの方の話であれば、あなたは確実にアークホルンの棟梁になるかもしれなかったのに、そうすれば、公爵の地位があなたに転がり込んできます。公爵ですよ、公爵」
「俺に公爵になってほしかったのか? キエナ」
「別にそういう訳ではありませんけど……、どうしてそんなチャンスを逃したのか、と聞きたかったのです」
「どうしてって……、そんなに不思議か?」
「実にあなたらしくない。落とし子と言われることを気にしているのでしょうけど、棟梁になりさえすれば、まずそんなことは――」
「そうじゃあない」とオルテガはハッキリ言った。
「では、なぜです? セルフィ様もあんなに頼んでたじゃないですか」
「セルフィの顔を見たか?」とオルテガは言った。
「いいえ」
「あんなセルフィの顔初めて見た」
「え?」
「あんなに泣きそうな顔……」
「……」
「セルフィはたぶん全部分かってたんだよ。俺があの手をとればアークホルン家は二分され血で血を洗う戦いが巻き起こることを……」
「でも、話の内容から察するに、ヘンリー殿はもう諦めたのでは?」
「ヘンリー自身が諦めたとしても、今までヘンリーを育ててきたヘンリーに近しい者たちはどうする? どうあっても俺を排斥しようとするだろう。たぶんその戦いは俺かヘンリーのどちらかが死ぬまでは終わらないだろう……。だから、セルフィは言葉こそ俺を迎えるように言っていたが、その実、断ってほしい、と顔では俺に頼み込んでいた」
「……」
「まぁ、そういうことだ。俺だって兄弟で殺し合うのはまっぴらごめんだ……。だから、これで良かったんだよ。これで……」
「ふふふ」とキエナは微笑んだ。
「なんだ、気持ち悪い」
「いやぁ~。オルテガさんっていい人だなって思って」
「ん? 今気づいたのか? 俺は最初からずっといい人だったろ」
「え~? そうですか? ブルーを倒した時なんか正直怖かったですよ」
「戦いは別だし、悪党なら容赦はしない。それだけの話だ」
「ふふふ、はははは」とキエナは笑い、次にこう言った。
「まるで正義の味方ですねオルテガさんは」
ふふ、とオルテガも鼻をならす。
正義の味方か……、悪くない響きだ。
ならば、せめてこのリーズ領では自分こそがそうなってみよう。
父上のやり方じゃない。自分だけのやり方で……
「さぁオルテガさん」とキエナは得意げに言った。「財宝がどのぐらいの値段で売れたか知りたくないですか?」
「それより、まずは残りのゴールドを返せ。正直トルトゥーガの住民を協力させるために金をバラまいてアップアップなんだ。とりあえず、領主の館で続きを聞こう」そう言ったオルテガは領主の館に足を向ける。
二人は笑顔で領主の館に戻ってゆく。
トルトゥーガの通りに人が溢れ、あたりを行き交う。
青い空がまるでオルテガの決断を祝福するように輝いていた。
この辺境の土地リーズが領主オルテガの手により発展し、豊かな土地と呼ばれるようになったのは、この時から30年後のことである。
その後、ミッドランド王朝が滅び、異民族に侵略されるまで、この土地は豊かな土地と呼ばれ続けた。
歴史書にはオルテガ=リーズがアークホルン公の落とし子であったとはどこにも記されていない。記されていることと言えば、彼が民を思う良き治政者であったことと、何度も不必要に「土魔法最強説」を唱えたことぐらいであった。
あっとそれと新作はじめました。よかったら見てくださいませ。
↓↓
https://ncode.syosetu.com/n0086fq/
タイトル
「母、太后エミリアの秘密」




