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20/21

20、土魔導士、ようやく妹とじっくり話す。 後編




 妹が嘘を言っている可能性はあった。



 だが、その話を確かめるまでもなくオルテガは、妹の語った話を事実だと確信していた。



 なぜなら父はそういう人間だったからだ。



 あの父であれば、強さを測りたい、というただそれだけの理由で多くの人を騙すことなど造作もないことであった。



「お兄様は知らないだろうけど」とセルフィが切り出す。「ヘンリーお兄様はいつもオルテガお兄様を恐れていた。なぜだか分かりますか?」



「……」



 そんなこと分かるわけがなかった。


 そもそも何故ヘンリーが俺を恐れるのだ。逆なら分かる。俺は落とし子なのだから。



「お父様が“強さ”を重んじる人だからです。あの奴隷を殺す成人の儀……わたくしもおこないました。わたくしはあの儀を執り行っている最中に、お父様の真意が分かりましたの」



「真意? ……だと?」



「ええ、お父様はわたくしたちにこの世の真実から逃げるな、とおっしゃっていたのよ。オルテガお兄様にとっては耳の痛い話でしょうけど……。この社会に身分は存在する。そして、わたくしたちはその構造からどうあっても逃げられない。社会的な弱者は、そのまま弱い者として命さえも金で買われるようになる」



「……」



「お父様はあの成人の儀を通してこう言いたかったのよ。いつ何時わたくしたちだってこういう目にあうか分からない。だからこそ、常に強くあらねばならない。あらゆる面で強く用心深くあらねばならない、と……」



「……」



「そして、恐らく、その言葉にもっとも危機感を抱いたのが、ヘンリーお兄様だった」



 ……ヘンリーが?



「何故そんな意外そうな顔をしているのですか? オルテガお兄様」とセルフィは鼻を鳴らす。



 だってそうだろう。いつだって虐げられるのは俺の方で……、あいつは高いところから俺を見下すばかりだった。それにあいつはアークホルン家の嫡男で、俺は召使いの子供だったのだ……



「オルテガお兄様は、何故あれほどヘンリーお兄様が、オルテガお兄様に攻撃的だったのか分からないのですか?」



「それは……、俺が落とし子だったからだろ……?」



「違いますわ」とセルフィは否定した。「恐れていましたのよ。ヘンリーお兄様は、ずっとオルテガお兄様を恐れていらしたの」



「なぜヘンリーが俺を恐れるのだ……」



「だってそうでしょう? お父様は何よりも“強さ”を重要視する人。そのお父様から、オルテガお兄様よりも弱い、と思われることなどあってはならない。絶対にあってはならない。そうヘンリーお兄様はずっと思い続けてきたのよ。だからこそヘンリーお兄様は事あるごとに自分の方が上であることを証明しようとして、オルテガお兄様に辛く当たってきたでしょう?」



「……」



「ヘンリーお兄様は薄々感じていたのよ。自分にあるのは身分だけだ、と。その強さだけではいつかお父様から“弱い”と思われてしまう、と。アークホルンを任せるに足る人物ではない、と思われてしまう、と。だからヘンリーお兄様はオルテガお兄様を恐れたのよ。オルテガお兄様は才能に愛された人だから……」



「才能に愛された……人?」



「ええ、そうよ。才能ってある意味残酷よ。身分のように残酷な存在。人には壁があるの。どう願っても追いつけない能力の壁が……。発想であったり、大胆さであったり、そういう性質の壁。オルテガお兄様は無頓着だったかもしれないけど、兄弟で行う狩りにしろ、あらゆる提案にしろ、軍事や政治の才能で、オルテガお兄様は兄弟の中で抜きん出ておりました……。少なくともわたくしにはそう見えた。ヘンリーお兄様が秀でているのは芸術の才能。絵を書き、歌を歌い、そして自分の内へと潜る才能。でもそんな強さとは無関係の才能をお父様はお認めになろうとはしなかった……

 可哀相なヘンリーお兄様……

 プライドが高く、生真面目で、愛する芸術を踏みにじらてしまった……。そして何より最近の失態がいけなかった」



「最近の失態?」



「ええ、ちょうど一年半前ほどですわ。アークホルン領内の村を襲う賊とアークホルンの兵士を引き連れたお兄様が戦う機会がありましたの。あの時はちょうどお父様が王都へ出向いている時で、ヘンリーお兄様しか人がいなかった。それにヘンリーお兄様は賊を討伐することでお父様への心証をよくしたかったのでしょう。だから、ヘンリーお兄様はこれをチャンスと思い、血気盛んにアークホルン城から飛び出したのです。

 でも、それがいけなかった。

 むしろ賊の罠にはまり、多くの兵士が死にました。ヘンリーお兄様だけは、なんとか逃げ、城に戻ったのです。その戦闘で執事のセバスチャンも死んでしまわれました」



「……」



「本当に、あれほどお嘆きになっているお兄様を見るのは初めてでしたわ。目がくぼみ、頬もやせこけ、まるで処刑を待つ囚人のようでしたの。

 王都から城に帰ってきたお父様は、そんなお兄様を見て、何もおっしゃらなかったのです。本当に何も……

 だからかもしれません。ヘンリーお兄様は居てもたってもいられなくなり、そして、お父様に今回のオルテガお兄様の試験の提案をしたのです」



「……なんだって? ヘンリーが?」



「そう、ヘンリーお兄様が今回の試験を提案しましたのよ。生真面目なヘンリーお兄様のことだからよほど思い悩んだすえの結論だったのかもしれない。そして、大失態を犯した自分に諦めの態度をとるお父様の真意が透けて見えてしまったのかもしれない。どちらにせよ、その提案はお父様に受け入れられ、そして、現在の状況に至ったわけですわ」とセルフィは言い、オルテガを指さした。



 オルテガは、混乱していた。



 可哀相なのは自分だけだと思っていた。



 落とし子で馬鹿にされ、後ろ指をさされ、他の人間なんて自分ほどの悩みなどないのではないか、とすら思っていた。



 でも違った。あのヘンリーがまさかこうまで思い悩んでいたとは知らなかった。



 あの、にっくきヘンリーが……




「そしてオルテガお兄様は見事にその試験を突破した。本当に見事に……」



「……」



「さぁこの手をお取りください。これで晴れてアークホルンの一門になれるのです。恐らくはアークホルン家の棟梁にもなるでしょう。もう扉は開かれたのです。さぁお兄様、決断してください。このリーズと呼ばれる田舎の領主で満足するのか、それとも栄光につつまれたアークホルン家の棟梁となるのか、お選びください、お兄様。すべての決断はお兄様に委ねられています。さぁ、どうかこの手をお取りくださいお兄様」


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