2、土魔導士、領主となる。
クシャ、クシャ、という青草を踏む音が耳に入り込む。
「あははは。つまりそういう経緯でパーティーから追放されたわけですね?」
隣の銀髪の少女キエナが腹を抱えて笑う。
オルテガはそれを不快な顔つきで聞いていた。
オルテガはリーズと呼ばれる土地に向かっていた。
オルテガは戦士コラゾンから土地を譲られ、正式に領主となったのだ。
だから、わざわざこのだだっ広い野原をこの少女と二人で歩いていた。
正直、聞いたこともない土地である。
「なぁ、一番近い街まであと5時間ってお前はさっき言ってたけど……、5時間なんて5時間前に過ぎちまったぞ」
「あれぇ? そうでしたっけ?」と少女キエナはとぼけた。
オルテガはこの長いまつ毛の銀髪の少女を見やる。
この少女は監査人と呼ばれる王政から派遣された監察官で、オルテガが領主としての仕事を果たしているかを確認し、王政に報告する役目をもっていた。
一体何を報告されるのだろう?
それがなんとなく怖くもあったが、この屈託のない笑顔でオルテガも警戒心が溶けつつあった。
しかし……、と思い、周りを見渡す。
行けども行けども周りは草と木ばかり。
果たして本当に街などあるのだろうか?
「それで土魔法って実際にどうなのです?」とキエナが聞いてきた。「弱いのですか?」
「別に弱くはない」とオルテガは虚勢をはる。「誤解されやすいだけだ。地味な能力だからな」
「例えば?」
「ゴーレムを作り出せる」
「それは知ってます。他にはないのですか?」
「掘削術や探索術だな。掘削術は、その名の通り、地中を掘り進むんだ。天井はゴーレムを使って支えるから落ちてはこないし、この掘削術は普通に掘るのとは違って、俺のいる場所だけ空洞になるような感じになるのさ。だからダンジョンの探索に便利なんだ。ぐねぐね曲がりくねったダンジョンだって俺なら直線でいける。もちろん普通の穴だって余裕で掘れる。更に砂地だと簡単に掘り進めることができるって感じかな。
探索術に関しては地面に触れると、唱えた時の魔力の大きさによって、人がどこで何をしているのか分かるようになる。もちろん、地面に足を着けていれば、の話だが」
「うーん、用途が分かりませんね。例えば、どうやって使うんです?」
「うん? そうだな。可愛い女の子がお風呂に入っている時にだな」
「変態じゃないですか!」
「色んな使い方があるのだ」
「というか、やっぱり弱そうですよ、それ!」
「うるさい! 強いんだよ。俺のように最高レベルまで土魔法を鍛えれば猶更な」
「え? オルテガさん。最高レベルの土魔導士なのに追放されたのですか?」
「そうだけど?」
「あっはっはっはっはっはっは」とまたキエナが笑い転げる。こいつだんだん鬱陶しくなってきたなぁ……
「やっぱり、土魔法ってダメな魔法なんですね」
「うるさい! 駄目じゃない! 皆使い方が悪いだけだ。ちゃんと上手く使えば無敵の魔法なのに、分かってない奴が多すぎる」
「なるほど。OKです。分かりました。どうもありがとうございました」
こいつ、話を強制的に終わらせやがった、とオルテガは思ったが、まぁ終わってもいいか、とも思ったので何も言わなかった。
すると、突然キエナが叫んだ。
「あ!」
「ん? どうした?」
「ほら、みてください! あれですよ」とキエナが指さす。
オルテガは目を細め、指さすその先を見た。
街だ。
確かに緑色の草木の向こうに幻のように大気にゆらぐ城壁に囲まれた都市が見える。
――おお、あれが我が街か。
オルテガの口元が自然と緩む。
すると、キエナが咳払いし、自信満々にオルテガに説明する。
「え~あそこに見える街が領地“リーズ”の中でもっとも発展した街“トゥルトゥーガ”になります。リーズには同規模の街があと一つあり、あとは小さな村が点在しているだけでございます。以上が今日からあなたの治める領地となります」
「へぇ~」
現物を見ると段々実感がわいてきた感じがした。
「尚――」と少女は続ける。「二ヶ月後の末日までにタックスは払っていただきますからね」
「タックス?」とオルテガは声をだした。
「ええ、タックスでございます。ええっとこれじゃ分かりませんか? うーん。オルテガさんが王様に支払う税金のことでございます」
「ぇぇええええええええ? 俺が領主なのに、王様にお金を払うの?」
「当然じゃないですか!」と少女は不思議そうな目つきで言った。「あと、当たり前ですが、もしもそれを払われなかった場合は――」
「場合は?」
「――斬首でございます」と少女は冷酷な眼差しで言った。
「はぁぁああああ!?」
なにそれ? はぁ? はぁああ!?
「ごめん、ちょっと意味が……」
「あれ? 斬首って意味知りませんか? こう首がちょぱーーんって」
「いやいや、そうじゃなくて……なんで斬首? ごめん、すげー混乱してるんだけど」
「当たり前ですが」とキエナは前置きした。「王政にとってタックスは貴重な収入源です。もしもタックスを払わない領主なんてものが存在して、それを許すなんてことがあってはたちまち王政が崩壊してしまうでしょう? そうは思いませんかオルテガさん」
「まぁ……言わんとしてることは分かるけど……、ん? まてよ? じゃあコラゾンは今までタックスを払っていたのか?」
「前領主のコラゾンさんの場合はほとんど一方的に王が土地を贈与したものだったので1年間のタックス猶予期間があったのです。そして、その猶予の終わりに、あなたが領主を引き継いだ」
「ふざけんな! じゃああいつは俺に不良債権を押し付けただけじゃねーか!」
「あっはっはっはっはっは。まぁそういうことになりますね」
「冗談じゃねー! 冗談じゃねーぞ! 今からでも前領主のコラゾンに領地を返したい!」
「それは無理だと思いますよ。相手が受け取らないと思いますし、第一、あなたはもう国の認めた正式な領主とおなりです」
「違う! 俺はまだ――」
「いーえ、もうなってます。だから監査人である私がここにいるのでしょう? あなたはもうこのリーズの土地の正式な所有者、オルテガ=リーズなのですよ」
……
言葉がでなかった。
斬首? 斬首だって? 冗談じゃない。本当に冗談じゃないぞ。
すると段々と監査人キエナの緑色の瞳が鋭くなってゆく。
少女の手にはいつの間にか大きな鎌が握られていた。
オルテガの肌がビリビリ反応する。
冒険者だったので嫌でも分かる。
これは危険な匂いだ。この少女は恐ろしく強く、一度狙った獲物を地の果てまで追いかけてくるような執拗さと獰猛さを持ち合わせている。
少女は片方の唇を吊り上げる。
「ねぇオルテガさん。間違えてもタックスを払わない、だなんて言わないでくださいね。私だってこんなに仲の良くなった領主様を手にかけたくないですから」
大粒の唾がオルテガの喉を通り抜ける。
心臓の鼓動が激しくなっていた。
少女は大きな鎌を一回転させると、それをオルテガの首筋に当てるように止めた。
「人間の首なんて簡単に飛ぶんですよ。知ってました? うふふふ。じゃあ、二ヶ月後を楽しみにしてますよ」
少女は舐めるような視線でオルテガの首筋を眺めると、空気に溶け込むように消えてゆく。
その気配が完全に消えると、オルテガは思わず大きな息を吐いた。
こうしてオルテガのリーズ領を経営する日々が始まったのだった。
冒険者時代と同じような……いや、それ以上に死と隣り合わせの日々が……