19、土魔導士、ようやく妹とじっくり話す。 前編
宿屋のせまい一室に、妹の可愛らしい声が響く。
「ずっと、このときを待っていたの」とベッドに座るセルフィ=アークホルンは言った。
その無邪気な声が燭台の灯りを揺らす。どこからか入り込んできた蛾がゆらゆらと灯りの周りを旋回した。
オルテガはベッドと向かい合うように置かれた木の椅子に座り、背もたれに体を預けながらその言葉を聞いていた。
「たしかに、兄妹で話をすることがほとんどなかったからな」とオルテガは笑う。
セルフィは頬をつりあげた。
「お兄様の口調……、昔にお戻りになっているわ。幼かったころの口調に……、まだ屋敷に来たばかりの頃の口調に……」
「こっちが本当の俺だからだ。アークホルンの屋敷に居た間の俺は俺ではなかった。ビクビクし、縮こまり、父上やヘンリーに恨まれないようにする日々……。あんな卑屈な思いを感じながら生きたくなかった。だから、自然とこの口調に戻ったんだ」
「冒険者などという荒くれもの共とつるんでいたからでしょう?」
「だから、そちらの方が本当の俺だと言っている。今の生活は最高さ」
「今の生活が最高? この斬首されるかもしれない日々が、ですか?」
「タックスはキエナに支払ったから、もう斬首はない」
セルフィは口に手をあて笑った。
「ふふふ。よかったですわね、お兄様。胴と首が離れなくて……。そして何より念願の貴族になれて……」
「……」
「もう皆はお兄様を見て、落とし子だと馬鹿になさらないでしょう。なんといってもお兄様はリーズを治めるリーズ卿なのだから」
「……ありがとうセルフィ」とオルテガは平板な声で言った。
「そうそう、お兄様にお伺いしたいことがありましたの」
「伺いたいこと?」
「ええ、とても簡単な質問です。よろしいですか?」
「どうぞ」とオルテガはその先を促す。
セルフィは一旦声の調子を整えると、興味深そうな目をこちらに向けた。
「この状況をいつから予想していましたの?」
「この状況……、というと?」
「この今の状況ですわ。今のリーズ領の状況でございます」
「……」
すでに、キエナに財宝と1000万ゴールドを渡してから一ヶ月が経とうとしていた。この一ヶ月はとても忙しかったとオルテガは思った。忙しすぎて腹違いの妹をそのまま宿屋に放置しておくぐらい忙しかった。
確かに、あれから一ヶ月でこのリーズ領は劇的に変わってしまった。
「もう一度お伺いしますわ」とセルフィが言った。「この“今”のリーズ領の状況をいつから予想していましたの?」
いつからだろう? とオルテガは自分に問いかける。
「たぶんバクラムを倒す前後ぐらいじゃないか?」
「その頃にはもう既にこの“今”の状況を予想していた、というのですか?」
「まぁそうだ」とオルテガは言った。
「キエナさんが言っていましたわ。お兄様が“俺を殺せ”と言ったときは理解に苦しみ、どうしてよいかと迷った、と」
くくく、とオルテガは笑う。
「そんなに伝わりづらかったかな、俺の意図は……。そんなに難しい話じゃないんだが……」
「私は分かりましたわよ」とセルフィは言った。「このリーズ領はブルーという一人の男に独占された状態だった。もちろん、実態は違いますわ。ブルーという男の仮面をかぶったお兄様に独占された状況だった。……いつも政治史のシモン先生が言っておられましたもの、いつだって強力な指導者はコインの裏と表の存在だ、と。強力な指導者が健在なうちはすべての秩序が整えられた状態でも、それがいなくなれば、まるで巨大な穴ができたように大きな空洞ができる、と」
「その通りだ」とオルテガは言った。「だからこそ俺はその巨大な空洞を作り出す必要があったんだ。ブルーの不在という巨大な空洞を、ね」
そう言い、オルテガはこの一ヶ月を振り返った。
まるでドミノが崩れてゆくような権力の移り変わりの歴史を……
すべての発端はあそこからはじまる。
俺を殺せ、と言ったオルテガの言葉から……
ブルーの顔をしたオルテガは、俺を殺せ、とキエナに言った。
その意味は、ブルーの姿をしたゴーレムをキエナに殺させ、その姿をブルーの配下に目撃してもらうことにあった。
そうすることで、オルテガはブルーを真の意味で殺したのである。
ブルーを失ったブルー山賊団は脆かった。
まず、そのことを知ったアルカーキの住民がブルー山賊団に反逆したのである。
以前ほどの兵力を有していなかったブルー山賊団はアルカーキの住民の前にあっさりと敗走し、ほとんどの人員を失いトルトゥーガに逃げてきた。
だが、オルテガはそれを見越し、トルトゥーガの住民たちをまとめた地下組織を作りあげていたのだ。
そして、オルテガ率いるトルトゥーガの住民はアルカーキの住民と力を合わせ、遂にブルー山賊団を駆逐することに成功した。
その際にオルテガは住民とある約束をした。
今年の税に関してはもう納めなくてもよい、と。
ただし来年から納めてもらうぞ、とも約束した。
約束通りオルテガはブルーやバクラムからため込んだ財宝や金貨の中からタックスを支払い、住民からびた一文巻き上げなかったのである。
そしてリーズ領は名実ともに領主オルテガ=リーズのものとなったのだった。
セルフィはゆっくりと手を叩いた。
「本当に見事な手腕でしたわ、お兄様……。どれをとってもお父様にひけをとらないほどの腕だったと思いますわ」
「……」
オルテガはずっと気になっていたことがあった。
そう、違和感だ。
このリーズ領にセルフィが来た、という違和感。それも伴も連れずにやってきた。いや、本当は隠れてセルフィを見張っているのかもしれないが、それにしても奇妙だった。
たしかにオルテガとセルフィは兄妹の中では比較的仲の良い方ではあったが……、それにしてもどうしてセルフィはこの地に留まり続けたのだろう……
はじめは、俺が斬首される様を見物したいからここにわざわざやってきたのかと思ったが、どうやら違うらしい。
オルテガが斬首される心配がなくなったあとでもセルフィはこの地に留まり続けた。
何故なのか?
「お兄様」とセルフィは笑った。「今お兄様は必死に考えているのでしょう? なぜ私がここにいるのか、どうしてこの地にわたくしが滞在しつづけたのか、と」
「まぁ……そうだ。しかし、何故分かった?」
「お兄様は知らないでしょうけど、わたくしもお父様から“ここ”が凄いと褒められたところがあるのです」
「ほう、それはなんだ?」
「人を観察することですわ。そこだけは、セルフィの右に出るものはない、と言われたことがありますの」
「……それで? この地に留まり、お前は何を観察していたんだ?」
「当然、お兄様を……、ですわ」
「……」
「なぜ俺を観察する? 何が目的だセルフィ」
「あら、ずいぶんな言い方をなさるのね。全てはわたくし次第だ、と言うのに」
「何がお前次第なのだ」
「あら、おわかりになりませんこと? というよりもお兄様は奇妙に感じなかったのですか? お兄様が辿ったこの道筋について」
――? 道筋?
「お兄様は冒険者のコラゾンと呼ばれる男からこの領地を譲り受け、そして二人の盗賊の頭目を倒し、リーズ領主となった」
「ああ、それのどこが奇妙なのだ。すべて俺の計算通りだ。バクラムだって、ブルーだって全員俺が料理してやった。全部俺の考えていた通りになった」
「ええ、確かにその通りですわ。でも、何故その二人を倒すことになったのですか?」
「それは、そうしなければ俺の命が無かったからに決まってるだろ」
「ええ、でもそんな場所にお兄様はいらした。どうしてですの?」
「それはコラゾンの野郎が――」とオルテガは言いかけ、そして止めた。
確かに奇妙だった。
そう、そもそもの始まりが奇妙だったのだ。
土魔法は最強だ。巷では最弱の職業などと呼ばれているが、少なくともあのパーティーにおいては、ある程度の果実をもたらしてきたはずだ。それなのに、ある日唐突に追放された。しかも、それはずっと願っていた“貴族になりたい”という道まで用意された追放劇だった。
あの戦士コラゾンの申し出は何かがおかしかったのだ。
タックスを払いたくないから、という理由に納得してしまっていたが、そもそも、そのリーズと呼ばれる土地をコラゾンが持っていた、という時点で何かがおかしかった。
まさか。
まさか!!
「あら、お分かりになったみたいですわねお兄様。そう、すべては仕組まれたことだったのです。お父様の手によってね」
オルテガの首筋を汗が伝う。
「つまり、こういうことでしたの」とセルフィは笑う。「今回のことすべてが、お兄様がアークホルンの人間に相応しいかどうかを試す試験だったのですわ……」




