12、ブルー、手紙を受け取る。
ブルー。
その男はそう呼ばれていた。
彼の本名は彼の側近すら知らない。
彼について分かっていることと言えば、街道を行き交う荷物を襲う山賊あがりの男、ということぐらいで、いつ、どこから、どのようにしてこの土地にやってきたのかもよく知られていない。
とにかく、ブルーという男は、リーズ領主の力が衰えると、山賊団を率い、街を支配するようになった。
彼は人というものを知り尽くしていた。
特に、恐怖が人に及ぼす影響を知り抜いていた。
彼の治める街の名はアルカーキ。リーズ領において二番目に大きな街だ。
だが、この街に住むものに笑顔はなかった。
そんなものをブルーが許さなかったからだ。
ブルーは徹底して人の心に恐怖心を植え付けた。
例えば掟をつくる。なんでもいい。今日から一週間はリンゴをたべてはいけない、という掟を気まぐれに作ったとしよう。そのふざけた掟であっても破った者は厳罰に処した。
街の中を引きずり回した上に、のこぎり引きで少しずつ手足を切断してゆくのだ。
相手が女、子供でもブルーは容赦しなかった。
当然、一人の例外も作らなかった。
アルカーキの市民はこの狂気にとりつかれた街を何度も逃げ出そうとしたが、ブルーはそれを許さない。家族の中の誰か一人でも逃げ出そうものなら連帯責任で家族全員が罰せられた。
逆に、逃げ出そうとした家族を発見し、ブルーに密告した住人は【名誉ある住民】として特別待遇を受けた。
こうしてリーズ領アルカーキはまるで疑心暗鬼で身動きの取れない監獄のような街に生まれ変わったのだ。
人の心の奥底まで支配する醜悪な街に……
そんな街に一通の手紙が届いた。
それは、トルトゥーガのバクラム、と名乗る者からの手紙であった。
「……あのバクラムか?」とブルーは言った。
ブルーはアルカーキで最も堅固な刑務所の檻の中で暮らしていた。服の上着の内ポケットにはこの刑務所の檻をすべて開けられるマスターキーがあり、ブルーはその鍵で自由に監獄の中を出入りしていた。
ブルーは、ふかふかなマットの敷かれた特注のベッドの上で檻越しに伝令からの報告を受ける。
「そうか……よこせ」とブルーは低い声で命令する。
伝令は膝をついたまま、檻越しにその手紙を差し出す。
上半身を起こしたブルーは伝令の差し出した手から手紙をもぎ取ると、もういっていいぞ、と吐き捨てるように言い、ベッドに寝転がり、その手紙を読んだ。
手紙の内容はようするにこういうことだった。
王家の軍隊がまたもこのリーズ領を狙っているらしい。前回は、王家の軍が高い城壁をもつトルトゥーガに狙いを定めたために、アルカーキは無事であったが、今回はアルカーキから攻撃するという情報を得た。恐らくアルカーキだけでは持ち超えられないだろう。こちらとしても王家の軍隊がアルカーキに駐留しる事態は避けたい。だから、ここは一旦休戦し、和議を取り結びたい。そうすることが互いの利益にかなうはずだ。
「まぁ一応筋は通っているな……」と独り言をつぶやくが、ブルーはどうも釈然としない。
何かがおかしい。
ブルーという男はバクラムとは違い用心深い男であった。だからこそ、こんな檻の中で暮らしていた。ブルーは自分の手下でさえ誰一人として信用していなかった。だから寝首をかかれる心配のない檻の中にいたのだ。
う~ん、とブルーは唸った。
今までバクラムがこんな気の利いた手紙をよこすことなどあっただろうか?
あのバクラムという男の対応はいつだって後手を踏んでいた。
王家の軍隊が迫ってきている時も目の前にくるまで感知せず、目の前に迫ってから対処していたようだった。今までヤツが王家の軍隊を跳ね返してこれたのは、ひとえにトルトゥーガの街を囲む城壁が堅牢であったためだ。
あの城壁を突破できるものなどいやしない。
ブルー自身、何度か軍勢を率いてトルトゥーガの街を攻撃したことはあったが、ついにあの城壁を突破したことがなかった。
とにかく、そんな城壁の力でのみ街を守っていたバクラムがいきなりこんなこちらにとって都合の良い申し出をしてきたのだ。
「たしかに、こちらにとっては良い話だし、あちらにとってもある程度良い話だが……」
どことなく策略の臭いがした。
罠にハメてやろう、という策略の臭いが……
そもそも、なぜバクラムは王家の動向を知っているのだろう? あの町に新たな領主が到着した、とは聞いていたが、そいつを締め上げて吐かせた情報だろうか?
分からない。
だが、これは同時にチャンスだ、とも思った。
ここには会談場所の指定がされていない。
これはつまり、こちらが会談場所を選定する余地がある、ということだ。
「これは、上手くやればバクラムとダルダ団をトルトゥーガの城壁から引き離すことができるかもしれん」
ブルーは笑う。ひょっとすると、このリーズ領すべてを手に入れる機会が訪れたかもしれなかったからだ。




