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10/21

10、監査人、ようやく結果を知る。





 コンコン、と安宿のドアが鳴る。


 中にいたキエナとセルフィは一斉にそのドアを見た。


 するとドアの外から声がする。



「バクラムの使いの者です。キエナさまをお迎えに上がりました」



 やっと来たか、とキエナは思った。


 だから、合言葉を言った。


「ご苦労様です。それよりも、昨日の夜空をご覧になりましたか? とても満月が美しかったですね」


 すると、すかさずドアの向こう側の使いは返す。


「ええ、なんでも千年に一度の美しさとか」



 その言葉を聞いて、やるじゃないオルテガ、とキエナは思った。


 兄を信じ切る妹の言葉がどれほどのものかと思っていたが、妹の言葉はどうやら本当だったようだ。


 二人は事前に合言葉を決めていたのだ。


「百年に一度の美しさ」という言葉であれば失敗したが帰ってきた、という合言葉で「千年に一度の美しさ」という言葉であればバクラムを葬り、すべてが上手くいったことを指していた。


 キエナは安心してドアを開ける。すると、見知らぬ男が入ってきた。それがゴーレムであるとキエナはすぐに分かった。




「状況を教えて頂戴。なるべく手短にね。ああ、あとあっちのベッドの上に座る女性は気にしなくていいわ、私たちの味方よ」



 ゴーレムはジロリとベッドの上に座り壁にもたれかかっていたセルフィの方を眺めたが、すぐに視線をキエナに戻す。



「わかりましたキエナ様。では簡潔にお伝えします。現在オルテガ様はバクラムに化けており、バクラムの手によりオルテガ様は殺された、ということになっております」



「なるほど、了解したわ。オルテガは死んだことになっているのね。で、私はどういう理由で領主の館に連れていかれる、という設定?」



「新たな愛人Aとして領主の館に連れていかれることになっております」



「でも、私の正体をパオラは知っているわ」



「ええ、なので、オルテガ様のしもべが美しいから、奪い取り、愛人にした、という話でいこう、とオルテガ様は申しておりました」



「大丈夫? 自分で言うのは嫌だけど、私はあのパオラよりは美しいわよ。客観的に見てね。でもバクラムは不細工な女が好み……。だから、ブスじゃないと駄目じゃないのかしら?」



「その辺はいかようにも取り繕うことができる、とオルテガ様はおっしゃっていました」



「わかったわ。私に異存はないわ」とキエナはうなずくと、次にセルフィの方を向く。

「では、私はオルテガ様の待つ領主の館に参りますが、セルフィ様はいかがいたします? ここにお留まりになりますか?」




「冗談じゃないわ!」とセルフィは叫び、立ち上がる。「お兄様に会うためにわざわざアークホルン領からここまで来たのに、会わずにここに留まるだなんて……。そんなこと、わたくしは絶対に嫌!」



 その言葉にキエナはうなずくと、ゴーレムに向かって言った。



「では、セルフィ様は愛人Bということにしましょう。一人ぐらい増えても問題ないでしょう?」



「……分かりました。ではそのようにオルテガ様に伝えてまいります」と言ったゴーレムの背中から小さな塊が千切れ、床に転がり、それはみるみるうちにネズミの形に変わってゆく。

 ネズミの形をしたゴーレムはドアの隙間から外に飛び出し、領主の館に駆けてゆく。ドアの内側には盗賊の恰好をしたゴーレムとキエナとセルフィが取り残された。




「大体あのネズミが戻るまでどれぐらいかしら?」とキエナが尋ねるとゴーレムは答えた。「一時間はかからないと思います」



「しかし」とキエナは改めてゴーレムを見回しながら言った。「ゴーレムがこんなに賢いだなんてね……そこには少し驚いたわ」



 すると、その言葉を聞いていたセルフィが後ろから声をかけてきた。



「土魔法士の使うほとんどのゴーレムがこれほど賢いわけじゃないわ。片言の言葉をしゃべるだけでも精一杯、というのがほとんどじゃないかしら?」



「セルフィ様はお兄様のことよくご存じですね」



「当然じゃなくて? わたくしはお兄様の妹ですのよ」



「だけど不思議です。どうしてこれほど使い勝手のいい土魔法を使うオルテガ様を冒険者パーティーとやらは追放したのか……」



「追放?」とセルフィは驚いた声をあげたあと「まぁ、でも仕方のないことかもしれませんわね」とも言った。



「……。どういう意味なのでしょうセルフィ様。できれば後学のために教えていただきたいのですが……」



「あら、お分かりになりません?」



「ええ、残念ながら」とキエナは答えた。



 セルフィは溜息をつくと、それから人差し指を一本立てた。



「お兄様はあることに特化した才能の持ち主だからですよ」



「特化?」



「ええ、人を(あざむ)く才能です」



 キエナの中に金貨を沢山作り出すオルテガの姿が脳裏によぎる。セルフィは続けた。



「赤ん坊ほどの知能しかもたぬ魔物の単純攻撃の前では、むしろそれほど能力を発揮しづらい才能なのかもしれません。人を欺くことに特化した才能は……。だから、あれほど、冒険者にならないほうがよい、と、止めたのに……。それなのに、お兄様は家を出ていかれた」



 何故なのです? とキエナが言葉を返す前にセルフィは答えた



「たぶん、あのことを気にしていたのです。……落とし子と呼ばれることを」



 そう言われキエナは落とし子と呼ぶと激しく怒るオルテガを思い出した。


 あれは本気の怒りだった。


「たぶん、お兄様は逃げ出してしまいたかったのです。アークホルンの家から……お父様から……。だから一番自分と相いれない職業に就こうとされたのでしょう。とかく冒険者は自由なもの、と錯覚しがちなものですから」



 ……



 あの男にもいろいろあるのだな、とキエナは思った。



 たぶんあの男はこの国で五本の指に入るほどに恵まれた場所で育ちながら、誰よりもコンプレックスにまみれ、そしてそこから逃げ出したい思いで日々を過ごしてきたのかもしれない。


 あの策士アークホルン公が唯一恐れる男は、コンプレックスだらけの男だった……


 そう考えると何やら変な面白味があった。



 不思議な男……



 キエナは自分の中でオルテガへの興味が大きくなってゆくのを感じていた。





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