日常茶飯事ー良平サイドー
「ただいま帰りました」
そう言っても、屋敷の連中が迎え入れるはずはない。
いつもの事だと思って、階段を上がっていく。
2階に上がると、そのまま奥に行ってから、ドアを開けると階段が見える。
さっきの階段が豪奢なのに対して、こっちの階段はオンボロと言っても過言でもない。
俺は、慣れた様子で階段を上って行く。
階段を上った先に広がるのが俺の部屋。
ボロい安物のタンスに、ベッド、それにテーブルや机がある。
エアコンなんて、そんなものはない。
夏は暑いし、虫に刺されるし。
冬は、隙間風を浴びるもんだから寒すぎる。
これが俺の部屋。
大野総合病院の次男が住んでいるとは、世間的には、にわかに信じられない。
でも、ここが俺の部屋だから。
テーブルには、冷めた夕食が乗っている。
残飯のような食事。
これも俺の日常。
制服を脱いで着替える。
来ているものも、アイツの…文彦のお下がり
しかも、わざとらしくシミがついていたり、破れていたりもする。
それでも、生きていられるだけマシだと思う。
俺の立場は、この屋敷では、あまりよくない。
特に母親の…あの女は…
ドアが開き、階段を上がる音。
毎日ご苦労なこった。
「あら、帰っていたのね」
冷淡に言うのは、祥子と言う女。
瑛梨香の前じゃあ、猫を被っているが、本当のこの女は…
「まったく、埃とカビ臭い部屋だ事」
いつもいつも、飽きない言葉が出る。
「あなたには、何度も申し上げてますよね?瑛梨香さんに近づくなって」
あぁ、分かっているよ。
だから距離を置いているじゃないか。
「金輪際、瑛梨香さんには近づかないでもらいたいわ。彼女は、仮にも我が家の…文彦さんの伴侶となる方なんだから」
だから、瑛梨香の方から近づいているんだって。
まぁ、邪険に出来ない俺だけどさ。
「あなたが、瑛梨香さんの事を横恋慕しているのは分かっています。ですが、瑛梨香さんは文彦さんと婚約を結んでいるんです。文彦さんの物を奪う人間は私が許しませんからね」
そう言ってから
「いいですか!もう朝の迎えはいらない、と瑛梨香さんに告げるのですよ」
そう言い残して、あの女は去っていく。
アイツ等は、怖がっている。
俺と瑛梨香の距離が近い事に。
文彦がドイツに行っているから、余計に。
それほどに、俺と瑛梨香の距離は近い…かもしれない。
俺は、避けているつもりだが…何も知らない瑛梨香は俺に近づいてくる。
無邪気に話しかけてくる。
時々、イラっとする時もある。
人の気も知らないで、無邪気に笑っている瑛梨香が。
でも、それ以上に愛しく思う。
この笑顔を守る為だったら、何でもやる。
瑛梨香…今、どうしているだろう?
頻繁にエアメールでやりとりしているのは、瑛梨香の口からきいている。
そのエアメールでも書いているのだろうか?
瑛梨香は、無邪気に学校生活を報告しているのだろうか?
少し、胸が痛い。
俺は…瑛梨香を騙している。
本当の事を教えていない。
俺が、ここにいる理由も何もかも…
瑛梨香には、信じられないだろうな。
大野家には、大きな秘密があるって事を。
あの事に関しては、瑛梨香の親友も知っている。
当事者の妹だからな。
だから、文彦を忌み嫌っている。
それでも、瑛梨香の事を思い、あの事に関しては黙っている。
誰だって傷つく瑛梨香を見たいものか!!
だから…俺は黙っているしかないんだ。
瑛梨香…
そんな俺を…
お前は…
笑うか?