留置所―良平サイド―
「こちらにどうぞ」
そう言って部屋に通された。
一枚のガラスの向こうには文彦がいる。
相変わらず、ふてぶてしい。
「何しにきた?俺を笑いにきたのか?」
奴のねじ曲がった思考能力じゃ、こんな事しか言えない。
「別に…笑いに来たわけじゃない」
ハッキリと答える俺に、奴は顔を顰めて
「何をしに来たんだよ?」
そう問いかける。
俺は、一呼吸してから
「瑛梨香に告白した…というかされた」
そう言うと、奴は一瞬、悲しそうな表情になったが、すぐにふてぶてしい表情に戻る。
「それで…?」
俺達が、お互いに想い合っている事ぐらい、知っていた、という感じだ。
「瑛梨香は、俺が幸せにする」
俺が、そう告げると、文彦は顔を歪める。
「…瑛梨香の事だけは、本気だった」
奴は、そう告げる。
「知っていたよ」
俺は、そう言った。
そうだ、コイツは、瑛梨香の事は本気だった。
あんな天真爛漫で純粋な女の子は、いない。
文彦が、瑛梨香に惹かれても仕方ない。
それくらい…瑛梨香は可愛い。
「…俺が幸せにしたかったのに」
そう言ってから上を向く。
泣いているのが分かる。
「でも、瑛梨香はお前が好きだった。自覚してなかったけどな」
悔しそうに言う。
「俺は、何としても気持ちを振り向かせたかった。でも、瑛梨香はいつもお前の話しかしなかったよ」
文彦から流れる涙が、悔しいのか、悲しいのか、俺には分からない。
それは、文彦自身にしか分からない事なのだから。
「瑛梨香は…どうしている?」
文彦の問いに
「今は、受験勉強中」
短く答える俺。
「お前と、同じ大学に行くのか?」
少しの沈黙の後
「その為に、頑張っているよ」
俺の答えに、ハハハと乾いた笑いを上げて
「出来るなら家庭に入ってほしいって言う俺の言葉、聞いてないか」
自虐的に言う。
俺は、フッと笑い
「何と言おうとも瑛梨香は、揺るがないよ。俺が言っても、ね」
そう言うと、文彦の笑みを浮かべ
「あぁ見えて、頑固な所あるからな」
笑みを見せる。
文彦は、しばらく黙っていたが
「瑛梨香を…頼む。絶対に、幸せにしてやってくれ」
そう俺に告げる。
「俺も、いい加減、観念しないとな」
と、自虐的に笑い
「自分のやった事、ちゃんと認めて罪を償うよ」
静かに覚悟を決めたように言う。
「良平…言っておくが…」
文彦は、口を開く。
「もし、俺が罪を償って出てきた時…瑛梨香が幸せじゃなかったら…俺は、お前から瑛梨香をかっさらうからな」
そう言って立ち上がり
「瑛梨香を幸せにしてやってくれ」
そう言って、頭を下げる。
これは、文彦の本当の気持ちだ。
瑛梨香の幸せを願うのは、本当の気持ち。
「当然だろ?」
俺は言ってから
「兄さんに、かっさらわれないように、俺も頑張るよ」
初めて文彦を【兄さん】と心から言えた。
その日を境に、文彦はポツリポツリと、自分の罪を告白するようになった。
俺も、ちゃんと瑛梨香を幸せにしないとな。
瑛梨香…お前は、こんなに想われているんだぞ。
だから、絶対に幸せにするからな…




