瑛梨華…決意
次の日、意を決して学校に向かう。
「今日は、休みでしょう?」
お母さんは、そう言ったけど。
「良平、生徒会長だから、今日は登校しているんだ」
それだけ言うと、お母さんは理解した。
「頑張ってらっしゃい」
そう言って、送り出してくれた。
でも、その頃居間でニュースが流れていたなんて知らなかった。
『昨日、OO町の大野孝雄さんの自宅にて、次男の良平さんが頭から血を流しているという通報がありました。良平さんはすぐに病院に運ばれましたが…』
良平に告白するって、舞い上がっていたから…気付いてなくて…
『良平さんは、母親の大野祥子容疑者から暴行を普段から受けており、この日も大野祥子容疑者から暴行を受けたとされております。警察は大野祥子容疑者を逮捕。事情を聞いている模様です』
そんなニュースにも気づかずに学校に向かった。
学校は、何故か騒然としていた。
「澤部さん!」
渡辺君が私をみて言う。
「渡辺君、何かあったの?」
首を傾げる。
渡辺君は驚きながら
「ニュース、見てないの?」
と、私に尋ねる。
「え?」
そこで、私は初めて良平が何かに巻き込まれたと悟る。
「何があったの?」
狼狽した私に、渡辺君は両肩に手を置いて
「落ち着いて聞いて。良平は、昨日、継母から暴行を受けた。棒で殴られたらしい。いつものような力加減はなくて、力任せに良平を殴っていたらしい」
落ち着いた口調で言う渡辺君。
「でも、そのうちの一撃が頭部に当たって…」
え?頭に?
「血を流して倒れたらしい。継母は、放っておけと言ったらしいけど、執事の諏訪さんが通報して、事件が明らかになった」
頭が真っ白になる。
「…良平は?」
無事なの?という言葉が出ない。
渡辺君は苦々しい顔になり
「内出血していたらしくて…今も、意識が戻ってない」
頭を殴られて感覚になる。
「どこの病院?」
分かっているのに私は聞いてしまう。
「大野総合病院。手術は無事に済んだって聞いている」
私は、それ以上を聞かずに飛び出してしまう。
急いで大野総合病院に向かう。
「あの!!」
受付の人に
「良平は?大野良平はどこですか?」
受付の人は、困っているようだ。
「それはお答え出来ません」
と、返答する。
「そんな…」
私が、途方に暮れていると
「外科のICPUにいる」
そう答えたのは、院長であり父親でもある孝雄小父様。
「小父さま!」
「院長!良平様の事は警察に…」
受付の方が戸惑っているようだ。
「彼女はいいんだ。早く行ってあげなさい」
小父さまに背中を押されるように、私は外科のICPUを目指す。
ナースステーションに辿り着くと
「すみません!良平は?良平は?」
かなり取り乱していると自分でも自覚している。
でも、良平の無事な姿をみないと…安心出来ない。
「…院長から話は伺っております。どうぞこちらへ」
看護師さんが案内をしてくれる。
白衣とかマスクをさせられて、ICPUの中に入ると、たくさんの管に繋がれて横たわる良平の姿が見える。
「…りょ…うへ…い?」
手を伸ばして良平の頬に触れる。
少しだけ冷たい。
「手術は成功しました。ですが…」
そう言って、看護師さんは目を背ける。
「意識が戻るかどうか…」
その言葉に愕然とする。
看護婦さんは気を利かせてくれていたのか部屋から出ていく。
「そんな…」
絶望が襲いかかる。
医療機器の音が静かに鳴り響く。
そんな…私…まだ…
良平の傍らに立ち
「良平…良平…ねぇ起きてよ…」
そう言っても、ピクリとも動かない。
「私…まだ…ちゃんと伝えてない…」
そう言って頬に触れる。
「良平の事、好きだって、ちゃんと伝えてないよ」
頬を伝う涙。
流れて、良平の頬に落ちる。
【ピクリ…】
指が動いた…気がする。
でも、良平は身動き一つしない。
気のせいなの?
そう思うと、涙が止まらない。
「良平、大好きだよ。だから…」
そう言ってから、呼吸器を外してキスをする。
【ピクリ…】
また、手が動いた…気がする。
そして、瞼も…動いた。
「う…」
良平の声がする。
ゆっくりと、瞳が開いていく。
「…え…りか?」
確認するように言う。
私は泣きながら頷いた。
すぐにナースコールを押す。
駆け込んできた看護師さん。
「すぐに杉井医師に…院長に伝えて!!」
たぶん、ベテラン看護師さんだろう、周囲にそう命じてから、呼吸器を元に戻す。
私を、一瞥してから
「あなたが奇跡でも起こしたのかしら?」
そう言った。
「大野さーん、良平さーん、分かりますか?」
看護師さんの呼びかけに、良平はコクリと頷く。
看護師さんは、ホッとした表情になった。
杉井医師がやってきて、良平を看ている。
「意識が戻ったから、峠は越したでしょう」
その言ってから、父親である院長に向かって
「院長、もう安心です」
と言った。
小父さまは、安堵した表情になり
「よかった…」
と呟いた。
だが、すぐに険しい顔になり
「良平、すまなかった。私が祥子と文彦の事を放っておいたせいで…」
良平は、ぼぉっとした様子で口を開く。
まだ、言葉はハッキリとは言えない。
小父さまは良平の口元に耳をやり、良平の言葉を聞く。
「…祥子は、捕まった。お前への虐待も含めて事情聴取を受けている。アイツは何も認めていないが…」
続けて何か言う。
「学校の事は心配ない。宗吾君が、後始末をしてくれている」
そう言って私を見る。
「それより、大事なモノがあるんじゃないか?」
小父さまの言葉に、良平は私を見る。
『瑛梨香』
と、唇が動く。
私は慌てて、良平の口に耳をやる。
「あ…りがと…う」
微かに聞こえる良平の声。
涙が止まらない。
「目覚めてくれてよかった…」
私の言葉に、良平は微かに笑った気がした。
確信したよ…
あなたを愛しているって…
だから…
私…
もう決めた…




