文化祭 1
何を信じていいか分からなかった。
でも、時間は平等に流れる訳で…
何しても、私は集中できない。
「瑛梨香…どうしたの?」
孝子に聞かれても
「何でもない」
と、答えるしかない。
孝子に言えるわけない。
言っても信じてもらえるか…
とにかく、その時の私は何を信じていいのか分からなかった。
良平は、次の日には登校してきていた。
溜っていた生徒会の仕事を処理するのに夢中で、ろくに話してない。
あの日から、私は良平を迎えに行ってない。
何を…誰を信じていいのか分からなかったから。
祥子さんにも、良平にも、どう顔を合わせていいのか分からなかった。
【ガチャーン!】
ボーっとしていた私は、注文の品を落としてしまう。
「瑛梨香、しっかりしなさいよ!」
陽菜に言われても、頭に入らない。
孝子と陽菜は、顔を見合せて
「後で話聞くから、少し休憩しておきなさい」
と、言われ制服に着替えてから学校中を回る。
楽しい文化祭。
高校最後の文化祭。
楽しまないといけないのに…
私は楽しめない。
頭の中がぐちゃぐちゃで、どうしようもない。
屋上には、暇を持て余した人達が集まっていた。
語り合う恋人たちや、はしゃいでいる友達同士。
様々だ。
私は、何気に校庭を見ると、生徒会の腕章をつけた良平が出店を見回っている姿が見える。
副会長の渡辺君も一緒に。
ねぇ良平…
私は何を信じたらいい?
そうしていたら、
「探した…」
そう言って、息を切らせてやってきた孝子と陽菜。
「ごめん…」
私は、そう言うしかない。
なんて言っていいのか分からない。
「何があったの?」
孝子の問いに私は…
大野家で見た、すべての事を話した。
話を聞き終えた二人は
「それで、瑛梨香は、どっちを信じるの?」
陽菜の厳しい問いかけに
「…分からない」
とだけ答えた。
「は?」
「だって、分からないよ。祥子さんが…文彦さんが…あんな事。でも良平が嘘を言っているなんて信じられないよ」
私の言葉に、孝子は、ふうっと息をついて
「この事は、文化祭が終ってから話そうと思っていたの。でも、今話すね」
孝子が話したい事?
今…それは関係ないんじゃ?
「それで、瑛梨香が誰を信じるべきが見定めなさい」
そう言って孝子は口を開く。
「私の姉…は知っているよね?看護婦をしている。姉は2年前、ある事件に巻き込まれたの」
孝子は、少し黙ってから
「レイプ事件よ」
その言葉が、何の意味を示しているか分からなかった。
「相手は、その病院院長の長男…そして、その病院は…大野総合病院」
それは…それって…
孝子のお姉さんを襲った犯人は…
…文彦さん?
驚く私に
「姉は、妊娠してしまった。でも、その子は人知れず堕胎させた。好きでもない男に忌まわしい記憶の子供を愛せる自信がないから…姉はそう言っていた」
「どうして…?どうして黙っていたの?」
私は掴みかからんばかりに孝子に問いかける。
「瑛梨香を傷つけたくなかったからよ」
孝子の言葉に、私は愕然とする。
…何も知らなかった。
私は、何も知らずに…孝子の前で文彦さんの話をしていた。
なんて残酷な事をしていたんだろう。
涙が零れてきた。
「瑛梨香…?」
孝子が私の顔を覗き込む。
「ごめんなさい!!」
私は、孝子に謝るしか出来ない。
「私、何も知らなくて…知らない間に…孝子を傷つけて…」
その言葉に、孝子は首を振って
「いいのよ。瑛梨香が悪い訳じゃないから」
そう言ってから肩に手を置く。
「これで分かったでしょ?瑛梨香が誰を信じるべきか…」
孝子の言葉に頷く。
校庭が歓声に湧く。
覗いてみると、ある人物を囲んで人垣が出来ているのが分かる。
その人物は…
「文彦さん…?」
私が呟いたのが聞こえたのか(聞こえる訳ないけど)、文彦さんが屋上の私の方を見る。
いつものように、優しい微笑みだ。
だけど、私は、それが偽物に見えた。
文彦さんは、屋上にやってきた。
「瑛梨香と話をしたいんだが…」
文彦さんの言葉に
「私も話があるから」
そう言って、孝子と陽菜は屋上から去った。
「瑛梨香、君が良平やあの子達から何を言われたのか知らないけど…こんな酷な事は言いたくないんだけど、信じないでほしいんだ」
そう話を切り出した。
「え?」
「あの子達の言う事は、嘘なんだよ。本当は、日野さんだったかな?2年前の事件は彼女から誘ってきたんだ」
え?どういう事?
「それをレイプ事件だって言い掛かりをつけているだけなんだ。この前、君が襲われた事だって、裏で良平が糸を引いていたんだ」
「え?」
「あんなタイミングよく助けに入れるはずないだろう?あれは、犯人を良平がけしかけて…タイミングよく乗り込んだんだ。瑛梨香…君を騙すために」
どういう事?
分からないよ…
「僕は言ったよね?良平には近づかないでって。その言葉を信じてくれなかったから、瑛梨香、君は心に傷を負ったんだ」
文彦さんは、優しく語りかける。
「これが…僕の言う事が真実なんだ。だから…」
「瑛梨香!!」
屋上の入口には、良平がいた。
息を切らせて…
孝子や陽菜に聞いたのだろう。
それで、急いで来たんだろう。
その表情を見て、私は…決心した。
「文彦さん…」
きっちり、文彦さんを見据える。
「婚約の話…もう一度考えさせてください」
そう告げた。
「は?瑛梨香、今、言ったよね?あれは…」
「良平や孝子、陽菜の言葉を受けて決めた事じゃありません。でも、今私は誰を信じていいのか分かりません。そんな状態で婚約を続けていく必要性がないと思ったからです」
そう言った後
「瑛梨香…」
ショックを受けているその顔が、一瞬だけ修羅に変わった気がした。
「…分かったよ。君の好きなようにするといい。でも…きっと君は僕を信じてくれると思うよ」
そう言ってから私に背を向けて、屋上から去っていく。
良平の表情を見て、文彦さんが良平を睨んでいたのが分かる。
「瑛梨香…」
心配そうにしている良平に
「ごめん…本当…今は…誰を…何を信じていいのか分からないの」
そう告げてから
「良平…ごめんね」
私も屋上を後にした。
誰の言葉が正しくて
誰の言葉が偽りなのか
そんな事分からなかった。
分かっているのは
私は…文彦さんへの感情は…
ただの憧れだったって事だった。




