良平の出生
俺の母さんは、至って普通の人間だ。
平凡な家庭に育って、中小企業に就職して、結婚して家庭に入って、幸せな人生を送る予定だった。
だが、運命のいたずらなのか…
知り合いの紹介で大野孝雄に出会った。
その時には、結婚もしていて子供をいた。
そんな人間を愛してはいけないのに、母さんは…奴を愛してしまった。
大野孝雄…父さんが母さんを愛していたのかは分らない。
ただ、大野総合病院を大きくする為の政略結婚だったという事は、母さんによく話していた…らしい。
隠れて愛を育む二人。
母さんは、幸せだったと言っていた。
だけど、そんな幸せが長く続くわけないよな?
すぐに本妻にバレて、別れさせられた。
どうも父さんが、本妻に離婚を切り出した…とか、まぁそれは親戚から聞いた話だけど。
とにかく、別れさせられたが、その頃には俺が母さんのお腹にいた。
本妻は激怒して、母さんに堕胎を迫ったが、母さんが首を縦に振る事はしなかった。
結局、母さんはシングルマザーになって俺を産んだ。
それまでは、よかった。
だが、あの女―大野祥子は、執拗に俺達の生活を脅かした。
近所にある事ない事、噂を吹き込んで、俺達をその場所にいられなくした。
転々と引っ越しを繰り返した。
どんなに、遠くに離れても、あの女は執拗に俺達を脅かした。
その内、母さんも精神的にやられてしまった。
そして…母さんは、天国へと旅立ってしまった。
その後、俺は施設に行かされる予定だった。
だが、そこにあの女の横やりが入る。
『夫の血を引く子供だから、引き取りたい』
女優顔負けの演技で、俺を引き取れるようにした。
だが、それは、あの女の復讐でしかなかった。
屋敷に入った俺が、あてがわれた部屋は屋根裏部屋。
ボロボロのベッドやタンスがおいてある。
服は、2歳年上のあの女の子供のお下がり。
そして、虐待…
事あるごと…毎日にようにやってきては、俺を殴り蹴ったりしていった。
2歳年上の息子、文彦も一緒に。
奴は、表では【穏やかで優しい人間】で通っているからストレスが溜っているのだろう。
ストレスの発散口に俺を殴ったり蹴ったりしていた。
当然、痣が出来る。
だから、誰に知られないように、学校の体重測定がある時は、痣に残さないように巧妙に暴力をふるっていた。
文彦も一緒だ。
俺は、堪えた。
ただ一つ…瑛梨香の事を想っていたから。
出会った時から惹かれていた。
瑛梨香に会いたいから、屋敷での暴力に堪えた。
それがなかったら、すぐに学校に訴えていただろう。
瑛梨香に会いたい一心で俺は、堪え続けた。
だが、それも地獄に叩き落とされる事になる。
瑛梨香と文彦が婚約したのだ。
アイツ等の目的は、瑛梨香の家の財産。
瑛梨香の家自体は、普通の家庭だが、瑛梨香の祖父は、多くの土地を持っている。
それが、いずれ瑛梨香に受け継がれるのだ。
それが欲しいから、アイツ等は瑛梨香との婚約の話を進めていた。
文彦は、瑛梨香の前では紳士を演じていた。
瑛梨香も、それを信じていた。
アイツ等の本性も知らずに瑛梨香は…婚約が決まった時、嬉しそうに笑っていた。
俺は
『おめでとう』
としか言えなかった。
それから、アイツ等は俺に瑛梨香に近づかないように言ってきた。
【文彦の婚約者だから】
【泥棒猫の子供だから、瑛梨香を奪われかねない】
とか言って、俺を瑛梨香から引き離そうとしていた。
だから、俺は瑛梨香と距離を置くようになった。
でも、何も知らない瑛梨香は、俺に近づいてくる。
それが、アイツ等には気に食わないのだろう。
何度も暴力を振るった。
痣は、日に日に増えていく。
特に文彦の暴力は、ひどかった。
一度だけ、痣が学校側に見つかり、もみ消すのに苦労した…らしい。
それは2年前まで続いた。
2年前、文彦は、ある事件を起こした。
だが、それももみ消した。
それでも、文彦は日本にいられなくなり、ドイツへ留学という形をとって逃げた。
あの女は、不安になった。
文彦がいなくなった事で、俺と瑛梨香の距離が近づくんじゃないかって。
だから、毎日のように俺に釘をさしにくる。
俺に釘をささずに、瑛梨香に刺せばいいのに…
だが、それをしたら、自分達の本性が出る。
だから、瑛梨香には何も言えない。
代わりに、俺に言い、当たり散らす。
俺は、この家でまともなモノを食べた事はない。
残飯みたいな飯を食わされている。
わざと、そういう風に作らせている。
俺への嫌がらせだ。
食べないと食べないで、暴力に出る。
だから、食べるしかない。
8年も、そんな生活が続いていた。
たまに、こんな生活が嫌になる。
母さんの所に行けたらいいのになって思ったりもする。
だけど…
それが出来ない。
瑛梨香がいるから
瑛梨香に会いたいから
たとえ、義理の弟になったとしても。
瑛梨香の眼中に俺がいなくても…
今日の出来事で、俺は改めて瑛梨香への気持ちを確認した。
アイツ等の本性と文彦が起こした事件。
それを言わないとならないと思う。
言って、それでも文彦との婚約を続けるのは…瑛梨香の自由だ。
俺は、何も言わない。
だが、今言わないと…瑛梨香は…
何も知らないまま、文彦と結婚するだろう。
文彦の本性を知っても離婚は出来ない。
アイツ等狡猾だから、何としても瑛梨香を繋ぎとめておくだろう。
だから、今のうちに…
瑛梨香に言おう。
そうだ文化祭が終った後に…
何か体が変だ。
力が入らない。
だるい…
熱っぽい
風邪が本格的になってきたかも…しれない




