瑛梨香の日常
「行ってきまーす」
そう言って私は玄関を出る。
澤部瑛梨香、17歳。もうすぐ18歳。
高校3年生。
秋に入って、少し肌寒くなってきたから、夏服の半袖は、ちょっと寒い。
それでも、私の心は晴れ晴れしている。
それは、もうすぐ文化祭の季節がやってくるから。
私のクラスは、一応メイド喫茶になる。
今年は、一番売上の高かったクラスには、賞品があるとかのいう噂のせいで、メイドさんがいいだろう、という意見で決着がついた。
しかも、クジ運の悪い私は、接客と集客を担当してしまい…
あぁ、ちょっと最悪かも。
愚痴っても仕方ないし、腹を据えてやる事にした。
いつまでも、くよくよしない!!
それが私の長所だから。
鞄を持って、いつもの道を行く。
毎日の日課…それは、幼馴染みを迎えに行く事。
向こうは迷惑そうだけど…ね。
やがて【大野】と表札のある屋敷に辿り着く。
いつものように大きな屋敷のインターホンを押す。
『はい』
屋敷のメイドさんが、出たので
「瑛梨香です。良平君を迎えにきました」
いつものように言うと
「…分りました」
事務的なメイドさんだなぁ。
とりあえず、門は開いた。
いつも歩いて見ているけど、立派な庭だなぁ。
手入れとか大変そう。
私の家は、ごく一般家庭…だと思う。
小さな我が家だし。
でも、お祖父ちゃんというより一族は、代々地主を務めていていずれ、私がその土地を引き継いで、守らないとならない…
のは、知っているけど、いまいちピンと来ないんだよね。
ほら、お父さんは、普通に会社に勤めて次長職に就いているし。
生活も、質素とは言わないが豪華ではない。
はぁ…っとため息が出る。
私、ここに嫁いでいいのかしら?
私とこの家の長男の文彦さんは婚約している。
先方、大野家の強い要望で。
私と大野家は、私が小学4年生の時から始まる。
ここの次男・良平との絡みで、この屋敷にお邪魔するようになって、それで文彦さんが私と将来を共にしたいとか何とか…
…きゃあぁぁぁ!!恥ずかしい!!
考えただけで顔が熱くなる。
文彦さんは、穏やかな人で、それでいて優しくて紳士的な人。
頭もよくて、今はドイツの大学に留学しているの。
しかも、容姿端麗で、文句言いようのない完璧超人。
そんな文彦さんからの求婚に、両親は私の意志に任せるって言われた。
私も、文彦さんには惹かれていた部分あるから、二つ返事でOKしちゃって…
それで、大野家にはたまにお邪魔させていただいています。
良平は、私と同じ学校で生徒会長している。
仏頂面で、いつも不機嫌そう。
昔は、あんなに笑っていたのに…?
思春期なのでしょうかね。
でも、それなりの容姿しているから、とにかくモテる。
毎日、下駄箱に入らないくらいのラブレターが送られているし、よく告白されているのを目撃する。
『ごめん、誰とも付き合う気ないし』
仏頂面で言われてる女子。
なんか可哀想。
私から見たら、良平より文彦さんの方が、カッコいいと思うけど。
とにかく、いつものように玄関のドアが開き
「あら、瑛梨香ちゃん、おはよう」
にこやかな雰囲気を漂わせて、お母様である祥子さんが笑っている。
いつ見ても穏やかな人だなぁ。
「おはようございます」
私が頭を下げると
でも、何か違和感あるんだよね…
「今日も、良平のお迎え?ごめんなさいねぇ」
そう言って頬に手を添える。
優美だなぁ。
私に出来るだろうか?
「もうすぐ来ると思うから、待っててくれる?」
祥子さんが言うと同時に、良平が上から降りてくる。
「おはよう、良平」
私が、朝の挨拶をすると
「おはよう」
良平は、小さな声で、しかも仏頂面で挨拶を返す。
朝くらい、愛想よくしなさいよ!!!
そんな私を無視してから
「行ってきます」
祥子さんを見ずに言う。
「行ってらっしゃい、良平さん」
にこやかに笑って送り出す祥子さん。
気にしていないみたい。
こんな心の広い人になりたいな。
私は、祥子さんに一礼してから先に行く良平を追いかける。
でも、その時は気付いていなかった。
殺意にも似た眼差しが私達を見ていたなんて…
思ってもいなかった。
「何で早足なのさー」
私の問いに
「生徒会の仕事があるから」
短く小さく答える良平。
「あのさ…」
良平が、足を止める。
「もう迎え来なくていいよ。幼児じゃあるまいし」
その言葉に、私はムッとして
「だって、将来の義弟だし、仲良くしたいんだもん」
そう答えた。
顔を顰めた良平は、再び歩き出す。
「そういうの、迷惑」
ハッキリとモノを言う。
しばらくして、私の中にある可能性が浮かび上がる。
「もしかして、誤解されたくない相手でもいるの?」
それは、良平にとって好きな人になる。
「ねぇ、好きな女の子でもいるんでしょ?」
言いながら、私の胸には棘が刺さったみたいに痛い。
良平は、フウっとため息をついて
「そんなのいねぇよ。瑛梨香、お前こそどうなんだよ?浮気とかしてないだろうな?」
良平の言葉に、ムッとして
「私は、文彦さんに一途に尽くしてます」
そう言って自分に陶酔する。
呆れたように、良平は私を見る。
何か言いたげだけど、言葉を飲み込んで先へ進む。
「待ってよ~」
私は、良平を追いかけた。
見ていただけて、ありがとうございます。