事件…その後
目を覚ますと、そこが保健室だという事は理解出来た。
「目が覚めたか?」
優しい声。
良平だ。
「う…ん…」
だが、同時に恐怖が私の中に蘇る。
「奴なら、警察に引き渡した。もう大丈夫だから」
そう言われても
そう言われても…私に刻まれた恐怖は消えない。
「ごめんな。ついていってやれなくて」
すまなそうにしている良平の言葉に
「そんな!」
そう言って起き上がると同時に、破れたブラウスから胸が露になってしまい…
思わず掛け布団で隠した。
良平は、何を思ったのか制服を脱ぎ始めて…
自分のシャツを私に差し出す。
「今から、警察の事情聴取があるから、これ着とけよ」
そう言う。
「でも…」
「俺はジャージでも着ているから」
そう言ってカーテンの向こうに消える。
その好意に甘えて、私は破れたブラウスを脱ぎ、良平のシャツに袖を通す。
…良平の匂いがする。
それに微かに心が温かくなる。
「すみません…いいですか?」
カーテンの向こうに女性の声。
「はい?」
「事情聴取をしたいのですが…」
その女性は警察官だろう。
「はい、分かりました」
と答えると、その女性は中に入ってきた。
すごく優しい…そんな印象を受けた。
「答えづらいからもしれないけど…」
そう語りかける。
私は首を横に振って
「構いません」
と答えた。
「では…」
まず聞かれたのは状況。
とりあえず、忘れた体操服を取りに女子更衣室に向かった事を伝えて、それから黒い影(男)を見た事。
逃げようとしたが、男に腕を掴まれた事を伝えた。
それから、体が震えだす。
恐怖が蘇る。
「澤部さん?」
刑事さんの声が、段々と遠くに感じる。
「瑛梨香!」
良平の声で我に返る。
上はジャージ姿の良平
あぁ…なんて心地いいんだろう…
「大丈夫…俺がついているから…」
隣に座って肩を抱いてくれた良平。
すごく…安心する。
「すみません、嫌な事を…」
刑事さんが謝ってくれたけど
「いえ、ちゃんと話さないといけませんから」
そう少しだけ強がってみる。
本当は、怖くて怖くて仕方ないのに。
でも、良平が隣にいてくれて、肩をぎゅっと抱いてくれていたから
何だか安心してしまった。
頼りになる幼馴染みだ。
襲われそうになって、ブラウス裂かれた事を話すと、肩に置いていある良平の手に力が籠る。
こんな話…不愉快だよね?
話している私は、もっと不愉快だけど。
でも、運がいいというか、何と言うか良平が飛び込んで来てくれてよかったと思う。
「すみません。ですが、ご協力ありがとうございます」
そう言って刑事さんは頭を下げる。
「ここ最近、おこっていた女子高生の盗撮事件も、これで幕を降ろせると思います」
その一言で、少し救われた。
去り際に、刑事さんが
「その人、彼氏さん?」
と聞いてきたけど、私は
「幼馴染です!!」
と、思いっきり否定しました。
将来、義姉弟になるけど…
刑事さんは、クスッと笑って
「ご協力ありがとうございました」
頭を下げてから、去って行った。
「あの…良平…」
私は、俯いてから
「ん?」
何か、良平の声が甘く感じる。
「助けてくれて…ありがとう」
そう言うと
「別に…生徒会長として…当然の事をしただけだよ」
そっけなく答える。
あ…いつもの良平だ。
だよね…?
襲われたのが私じゃなくても、きっと同じ事しただろうし、こうやって肩を抱いて安心させてくれただろうな。
胸に、チクリと何かが刺さった気がするけど…
気にしないようにしよう。
「さ、帰るぞ。小父さんや小母さんが心配しているだろうから」
そう言ってから、自分と私の鞄を持つ良平。
「あ…もしかして…」
「小母さんには、一応説明しておいた」
良平の言葉に、私はガクンと肩を落とす。
「話したんだ…」
「当たり前だろ?親なんだから」
そういう良平の顔は、なんだか淋しそう…
「お母さん来るの?」
私の問いに、良平は首を横に振って
「俺が送って行きますって伝えておいた。だから…帰るぞ」
仕方ない…
帰ってから、両親にちゃんと話しないとね。
ベッドから降りて、上靴を履く。
立ち上がろうとして…あれ…
足が震えて立ち上がれない…
私の様子に気付いたのか、良平は私の腕を掴んでから立ち上がらせてくれた。
「大丈夫か?」
心配そうに尋ねてくる良平に
「大丈夫」
強がり言ってみる。
「無理するな」
良平の言葉は、優しくて、それでいて…強くて
「あれ…」
いつの間にか、涙が零れていた。
「瑛梨香…!」
良平が、少しだけ狼狽している。
「怖かった…怖かったの。ほんとは…すごく…」
泣きながら、私はそう言う。
本当の事だ。
思い出すだけで、嫌悪感と恐怖が蘇る。
良平は何も言わずに…
ただ…
抱きしめてくれた。
それだけで、嬉しかった。
でも…私…
本当に何も知らなくて…
良平が、どんな思いでいてくれたとか…
良平が、どんな気持ちで抱きしめてくれていたのか…
どんな顔をしているのか
分からずにいたんだ…