09.迷宮採取人とガキ大将
その日もまた、昼食を終えたレイクとミミイがゲームに興じていた時である。
テーブルを舞台に、両者が緊張感をはらんで対峙していた。
ルールは簡単、レイクが手のひらに豆を載せて指で弾く。
飛んできた豆を顎でキャッチできればミミイの勝ちで、外せばレイクの勝ちだ。
本日の戦績は五対二、ミミイの優勢である。
成長著しいミミイは、孵った時よりも長さが三倍以上になった。
「ミー?」
以前よりも高く上体を起こし、舌をチロチロと出し入れする。
どことなく得意げに見えるが、レイクは気にする風もない。
淡々と狙いを定めると、ピッと指を弾く。
「ミッ!!」
レイクの構えから、ミミイは軌道を予測したのか。
サッと右に身体をねじると、真正面から迎え撃つ態勢となる。
しかし、それはフェイントだ。レイクは豆を弾くフリをしただけ。
今度こそ本当に豆を弾き、ミミイの左脇をすり抜けた。
「ミッ! ミッ! ミッ!」
「これが駆け引きというやつだ」
ミミイが猛然と抗議するが、レイクはどこ吹く風だ。
偉そうにのたまっているが、負け越しで内心悔しかったのである。
迷宮採取人レイク・ヘンリウッズ。実に大人げないやつだった
両者仕切り直して身構え、再び緊張感が高まった時、
――ギシリと、外のテラスが軋む音がした。
「ミミイッ!」
「ミッ!」
飼い主の鋭い声に、ペットが即座に応える。
手の中に飛び込んだミミイを、レイクはアンダースローで放った。
ミミイが軟着陸した床は、ご近所の主婦達がしっかりと磨いている。
ついーと氷上のように滑りながら、胴体をくねらせることで方向転換。
ミミイはそのまま、台所の奥へと姿を消した。
「よしっ!」
レイクが思わず拳を握り締める。
いざという時に備えて特訓した成果に、満足げである。
「レイク!」
その直後、テラスから小さな侵入者が現れる。間一髪だった
鼻の上にちょっぴりそばかすが浮かんだ、八歳前後の女の子。
赤みがかった金髪の彼女はレイクを見付けると、ビシッと指差し、
「わたしとあそぶの!」
一切の反論を許さない口調で、堂々と言い放った。
「こんにちはー、レイクにーちゃん」
女の子の後には、ふんわりと笑う男の子がいた。
「……やあ、いらっしゃい。メアリちゃん、カール君」
女の子がサマンサお婆さんの孫娘、メアリ。
男の子は雑貨屋の長男でアンナの弟、カールだ。
「えーと、今日はどうかしたの?」
レイクは、ぎこちない態度で二人を迎える
「あそぶのよ、わたしと!」
メアリは両手を腰に当てると、ふんぞり返ってレイクを見上げる。
「ごめん。今はちょっと忙しくて…………」
「メアリちゃーん、レイクにーちゃんのじゃましちゃダメだよー?」
間延びした口調で、カールが幼馴染みに注意する。
ぽっちゃりした彼は、一〇歳なのに気遣いができる男の子だ。
「そんなことないもん! レイクは、いっつもヒマだもん!」
メアリの言葉が、サクッとレイクの胸を衝く。
「い、いや? 俺にだって忙しい時が……」
「ヒマだもん!」
「…………」
反論しかけたレイクだが、途中で口をつぐんだ
実際、レイク以外の村人は、朝から日が落ちるまで働き通しだ。
おしゃべりに興じる女性達も、手元を見れば繕い物や糸紡ぎなどをしている。
一見するとのんびりと暮らしている村人達だが、常に何らかの仕事を抱えていた。
そんな大人達の姿を、子供達は目にしているのだ。
午前中で仕事を終えてしまうレイクが、ヒマそうに見えても仕方がない。
「だから、メアリとあそぶの!」
「…………遊ぶって、何をして?」
「まほうをみせて!」
メアリの要望に、レイクの頬が引き攣った。
◆
メアリは、いわゆるガキ大将である。
子分を従えて遊びまわり、男の子相手に取っ組み合いのケンカもする。
そのお転婆ぶりで、村中を震撼させた事件を引き起こしたことさえあるのだ。
「まったく、いったい誰に似たんだろうねえ」
サマンサお婆さんが孫娘の破天荒ぶりを嘆けば、同世代の老人達は揃って呟く。
――あんただよあんた、と。
「まほうをみせろー!」
両手を振り上げてせがむメアリに、レイクは困り果てる。
「ほら、魔術って危なかっただろ? だから……」
「みたい! みたい! みたい!!」
「……うーん」
駄々をこねるメアリに、どうしたものかとレイクは天井を仰いだ。
レイクは、子供が苦手であった。
別に魔術を披露すること自体は、簡単である。問題は、その後だ。
面倒なことになるのは、経験済みなのである。
さあ、どうやって断ろうか。考えあぐねた時、迷宮採取人の勘が働いた。
さりげなく視線を向けると、台所の陰から首を伸ばしているミミイの姿が。
「さあ外に出ようか! 魔術? いいぞ!」
見事なまでの手のひらの返しっぷり。後の厄介事より、今のミミイなのである。
「やったー!!」
メアリが拳を振り上げる。
なにしろメアリは、あのサマンサお婆さんの孫なのである。
――ミミイを見付ければ、とって食うかもしれない。
レイクは、割と本気で心配していた。
子供達の背を押して、レイクはテラスから庭に出た。
二人を地面に座らせると、レイクは魔術の演目を考える.
こういう時、土属性魔術の地味さが如実に出てしまう。
火属性魔術なら、空中に火柱でも打ち上げれば大いに受けるだろう。
メアリもカールも、わくわくとした表情である。
何気に期待が重い。やるからには、ガッカリさせたくない。
ぐるりと見渡した庭には、花壇の一つもない殺風景な敷地である。
以前の住人は、菜園にしたり家禽などを放し飼いにしていたらしい。
好きなように使っていいと、この家を世話してくれたサマンサお婆さんのお墨付きがある。
――だったら多少荒らしても大丈夫か。
「じゃあ、こんな感じで」
トンッと、レイクは地面をつま先で軽く蹴った。
「うわっ! わわっ! わわわっ!」
「なっ、なーにー!?」
メアリとカールが座り込んでいた地面が、ズモモーと盛り上がる。
「落ちるから動くなよ」
盛り上がった地面は形を成し、子供が粘土をこねて作った牛のごとき姿となる。
本物の牛の数倍になる巨体で、広い背中は大人五人を載せても余るだろう。
半ば地面に埋まった巨体が、グモグモと泳ぐように地面を掘り起こしながら進んだ。
最初は驚きで身を竦めていたメアリとカールだが、すぐさま歓声を上げる。
はしゃぐ二人の姿を、レイクは満足げに眺めた。
そしてミミイもまた、その様子をジッと窺っていた。
テラスの柵に絡みつくペットに気付き、レイクは焦る。
ゆらゆらと尻尾を揺らすのは、ミミイが興味を惹かれた時の癖だ。
こっちに来るなと、レイクは必死に念じた。
「……なんなの、あれ?」
思わぬ不覚に、レイクの肩が震える。
魔術の制御とミミイに神経を割かれ、接近する気配に全く気付かなかった。
「アレって、魔法で何かしたの?」
背後から近付き、レイクの隣に立った人物。
雑貨屋の長女アンナが、弟達が乗る牛モドキを指差す。
「あ、いや、その……」
アンナに問われ、レイクがしどろもどろに答える。
「あ、あれは魔術で創った依り代に、えーと、地霊を憑依させた半自律式の、なんというか」
「……………………へえ?」
「いやそうじゃなくて! ちゃんと制御して暴れる心配はないし! 安全には十分配慮してあるから……」
「どうしたの、レイクさん。汗びっしょりよ?」
ハンカチを取り出したアンナが、そっとレイクの額を拭う。
そこでようやく、レイクは自分が動揺していることを自覚した。
「なんだか分からないけど、わたしも乗って大丈夫よね!」
「あ、ああ、まあ?」
無邪気に尋ねるアンナに、レイクは目を瞬かせる。
「よーし! カール! メアリちゃん! お姉ちゃんも乗せてー!」
「ちょ、ちょっと待って!」
「え、なに?」
駆け出そうとしたアンナが、きょとんとした表情で振り向く。
「その…………怒らないのか?」
「何を怒るの?」
レイクが恐る恐る尋ねると、アンナが小首を傾げる。
「………魔術で子供を遊ばせるなんて……危険だと思わないのか?」
「え? もちろんよ」
即答され、レイクは戸惑う。
「…………でも、他の人達は心配するんじゃないか」
「村のみんな? 気にしないと思うけど」
変な人といわんばかりに、アンナはレイクを見遣る。
「だってレイクさんがついていれば、安心だもの」
そう言い残して、アンナは一目散に駆け出した。
レイクが制御して牛モドキの動きを止めると、アンナはスカートを翻して駆け上がる。
牛モドキを再起動すると、その背中に立ったまま歓声を上げて両手を振り回した。
メアリやカール以上に、大はしゃぎである。
自分と同じ年頃なのに、まるで身体の大きな子供だとレイクは思う。
迷宮都市にいた頃も、レイクは子供達にせがまれて魔術を実演したことがあった。
そして数日が経ち、子供達の親が抗議に来たのである。
魔術は危険だから、子供相手に披露するなと責められた。
魔術に興味を持ったら教育に悪いとも、なじられた。
レイクだけでなく、親達は役所の方にも訴えたらしい。
ダンジョン外での魔術の使用を控えるようにと、役人から指導された。
レイクは以来、その子供達を避けるようになった。
面倒ごとを避けるための自衛策だったが、胸の内で罪悪感がうずいた。
――だからレイクは、子供が苦手なのである。
「そっか……ここでは怒られないのか」
どこか気の抜けた口調で、レイクは呟いた。
「ミ――――ッ!!」
そんな飼い主の脇を、彼のペットが全速力で這い抜けた。
「うわ! ミミイ!?」
「ミ――――ッ!!」
ミミイが、牛モドキに向かって突進する。
胴体をくねらせるヘビ独特の走法だが、とにかく素早い。
「おいこら待て!!」
唖然としたのもわずかの間、レイクが地を蹴った。
一瞬にして追い着き、すくい取るようにしてミミイを捕まえる。
「ミッ! ミッ!」
興奮したミミイは諦めず、レイクの手から逃れようともがいた。
「無茶にも程がある!」
牛モドキに比べたら、ミミイなどノミのような大きさである。
うかつに近寄れば、巻き込まれて押しつぶされるだろう。
「危ないから、な?」
「ミ――――ッ!」
レイクが服の下に押し込もうとするが、ミミイは抵抗する。
例の両脇の突起物が、ぴこぴこと上下に動いた。
「……なあ、どうしようか?」
なんとか服の下に押し込んだペットに、レイクは尋ねる。
「ミッ! ミッ! ミッ!」
「いいよな? ちょっとぐらい……」
腹の辺りでもがくミミイを、レイクはそっと撫でた。
そんな飼い主とペットのやり取りは、誰にも気づかれずに済んだ。
アンナ達の歓声が、いつまでも辺りに響いていた。