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ラミアな子と迷宮採取人 ~ペットから始まる家族物語~  作者: 藤正治
第一章 ラミアな子と迷宮採取人
5/30

05.しょうがないなあ、と迷宮採取人は言った

 結局一〇日経っても、ヘビはレイクの家にいた。

 レイクに言わせるならば、やむを得ない事情の不本意な結果、となる。


 ヘビが卵から孵った翌日は、明け方頃に小雨が降ってしまった。

「……しょうがないな」

 テラスに立って空を眺めながら、レイクが呟く。

 濡れた地面にヘビを放てば、風邪をひいてしまうと考えたのである。

 ちなみに雨は一時間程で止み、後は快晴になった。

 ちょうど良いおしめりだと、村人達は喜んだぐらいである。

 しかしレイクは自らの決定を覆すことなく、ヘビにミルクを与えた。


 翌々日は、朝一番でダンジョンに潜ったので時間がなかった。

 少々手こずりそうな素材の依頼を請けたので、早めに出立したのである。

「戻ったら追い出すからな」

 出掛ける際に、レイクが宣言した。

 ミルクを飲み終えたヘビは、くあっと欠伸を漏らす。

「じゃあ、行ってくる」

「ミー」

 ひと声鳴き、ヘビはトグロを巻いて寝入ってしまった。



 村外れのダンジョンは四層しかないのに、各層の奥行が深い。

 先日、聖堂を発見したレイクは、とある推測に至っていた。

 ここは、ある種の宗教都市の名残ではないかと。


 博識の知人によれば、教会が隆盛を極めた時期、各地の土着信仰を迫害したらしい。

 住む処を追われた人々は、自らの神を奉ずる隠れ里を建設した。

 ここのダンジョンも、ひょっとすると隠れ里の一つかもしれない。

「…………彼女がいれば、大喜びだな」

 得体の知れぬ研究ばかりしていた、好奇心旺盛な知人の顔を思い出す。

 きっとダンジョンに寝泊まりするぐらい、調査に没頭するだろう。

 思い出に浸るレイクの口元に、微かな笑みが浮かんだ。


 ところで、本日の依頼の件である。

 長丁場を覚悟していたレイクは、その日の昼前に依頼を達成してしまった。

 地下三層で、あっさり希少なモンスターに遭遇したからである。


 【カンフルラビット】 白く透き通る身体の、ウサギ型モンスターだ。

 三層に降りてすぐの通路で、ジッと(うずくま)っていたのである。

 カンテラをそっと置き、レイクは剣を抜いて構えた。

 じり、じりっと靴底をにじらせ、間合いを詰めていく。

 それを身じろぎもせず、カンフルラビットが見詰める。


 パンッ! 唐突に、乾いた破裂音が響いた。


 カンフルラビットの姿が掻き消えた瞬間、レイクの剣に衝撃が走る。

 しばし残心の構えでいたレイクの身体から、緊張が解ける。

 振り返った視線の先には、唐竹割りになったカンフルラビットの残骸があった。


 いきなりトップスピードで襲い掛かる、カンフルラビット。

 攻撃力は低いが、その速度は目視で捉えるのは困難である。

 ソロで迎え撃つには事前に予測した攻撃の軌道に、武器を置くしかない。

 予測が外れればダメージを受ける覚悟が必要だ。


 レイクは剣を鞘に収めて、リュックサックを下ろす。

 残骸から赤黒い瘴気が立ち消えるのを、じっと見守った。


 ◆


 ダンジョンから出たレイクは、カンフルラビットのドロップ品を届けに行った。

 向かう先は、村の中央に建てられた集会場である。


「おや、色男のお出ましだよ」

 そこにはサマンサお婆さんを筆頭に、村の年配女子達がたむろしていた。

 彼女達に捕獲されたレイクは、延々と茶飲み話を聞かされる。

 仕方がないので、レイクは時間潰しにドロップ品を処理することにした。

 すり鉢を借りてゴリゴリすり潰し、薬草を混ぜて練る。

 完成したのは湿布薬だ。カンフルラビットの湿布薬は、肩こりにとても良く効く。

「ついでだから、貼っておくれよ」

 そう言って諸肌脱ぎとなる年配女子達に、レイクが湿布を貼って回る。

「若い男にやってもらうと、効き目が違うねえ」

 けたけた笑う年配女子達に、レイクは諦め顔で作業をこなした。



 夕食も彼女達と一緒に摂り、家に帰ったのは夕暮れ近くだった。

 レイクの遅い帰宅に、ミッミッとヘビはたいそうお怒りになる。

 結局その日も諦めたレイクは、ミルクを与えてて寝かせた。


「いいか、明日こそ追い出すからな」

 毎晩眠りこけるヘビに言い聞かせるのが、レイクの日課だった。


 ◆


 そして一〇日目、異常事態が起こった。


「ほら、どうした? 飲まないのか?」

 レイクはヘビの前で、ミルクを注いだ小皿を揺らす。

 ヘビの仔はちらりと小皿を一瞥して、そっぽを向いた。


 ヘビは、朝から様子が変だった。

 いつもなら寝ているレイクの枕元でミーミー鳴いてエサをねだるはず。

 それが今朝に限って、レイクが起きてもトグロを巻いて動かない。

 妙にグッタリしていて、鮮やかな桜色のウロコも色つやがくすんでいた。


 ――病気だろうか。

 もしや気付かずに腐ったミルクを与え、腹でも壊したのでは。

 あれこれ心配していると、ヘビが億劫そうにミルクを舐め始めた。

 ホッと安心したのも束の間、ケフケフと口からミルクを吐き戻した。

 とにかく安静にさせなければと、レイクはヘビの仔をベッドに運んだ。


 置いていくのは忍びないが、レイクにも仕事がある。

 期限も報酬もないが、疎かにできないと思っている。

「大人しくしていろよ?」

 ヘビは、ぱたりと尻尾を振った。。

「すぐに戻るからな?」

 後ろ髪をひかれる思いで、レイクは家を出た。



 その日に限って、なかなか目的のモンスターが発見できない。

 しかも本命ではないモンスターに、やたらと出くわしてしまう。

「――――邪魔だ」

 レイクは無造作ともいえる手際でモンスター達を撃破、ひたすら先を急ぐ。

 普段の彼ならば、こんな雑な狩り方はしない。

 目的以外のモンスターは迂回し、後日のために温存する。

 内心の焦りを示すように、レイクはモンスターの残骸を撒き散らしながら進んだ。


 ようやく目的のモンスターを狩ったのは、三時を過ぎた頃だった。

 ドロップ品を雑貨屋で素材を卸した後、レイクは飛ぶように帰宅する。

「いま戻った!」

 玄関で叫ぶと、寝室へと急いだ。

 嫌な予感が現実にならないように祈りながら、寝室の扉を開ける。


「ミーッ!」


 ヘビが、ベッドの上で元気よく鳴いた。

 一瞬棒立ちになり、レイクの顔が歪む。

 ベッドに駆け寄ると、指先を伸ばしてヘビを撫でる。

「良かっ――――た?」

 指先にクルクルと、ヘビが巻き付いてくる。

 その傍らに、奇妙な物体があった。

 薄くてペラペラの、ミルクの薄皮を乾かしたような?

 レイクは手に取って眺めてから、


「ぎゃああっ!?」


 悲鳴をあげて投げ捨てた。


 ◆


「そりゃ、脱皮だよ」

「だっぴ?」

「そうさね。ヘビは古い皮を脱ぎ捨てて大きくなるんだよ」

「はあ…………」

 レイクは毒気の抜けたような顔で、曖昧に頷く。


 ヘビの形をした薄皮に驚き、レイクはサマンサお婆さんの所に駆け込んだ。

 とりあえず道端で目撃したということにして、その正体を尋ねたのである。

「まったく、ヘビの抜け殻ぐらいでおたおたして。だらしないねえ」

「はあ、面目ない」

 最悪の皮膚病を想像したレイクは、拍子抜けしてがっくり肩を落とす。

「持ち主のヘビは、近くにいなかったのかい?」

「ええと、抜け殻だけで……」


「おしかったねえ。ヘビは美味いのに」


 サマンサお婆さんの台詞に、レイクはギョッとした。

「腹を裂いて開いたら皮を剥いて、串に刺して塩を振って炭火で焼くんだよ。子供の頃は、よくヘビを捕まえてオヤツ代わりに食ったもんさ。干せば薬になるし、酒に漬けて精力剤にもなるよ」

 懐かしそうに目を細めたサマンサお婆さんが、舌なめずりをした。

「なんだか、また食ってみたくなったねえ。ちょいとあんた、その辺の草むらで――――」


 一目散に逃げ出したレイクは、顔面蒼白だった。



 そんな訳で、レイクは絶賛悩み中だった。

 危険なのは、サマンサお婆さんだけではないだろう。

 大人はもとより子供でさえ、ヘビを見付けたら食ってしまいそうだ。

「…………しょうがないな」

 ミルクを舐めるヘビを突っつきながら、レイクは諦めたように呟く

 食事の邪魔をされて煩いのか、ヘビはレイクの指を尻尾でぺしぺしと叩く。


「うちで飼ってやるよ」


 ほんと迷惑だけど、しょうがないからな。

 やけに強調してヘビに言い聞かせる、迷宮採取人。

「ミミイ、なんてどうだ? ミイミイ鳴くからな」

 センスはともかく、やけに名付けるのが早い。

 まるで事前に考えておいたように迅速だった。

 ヘビを改めミミイが、食事を終える。



 くあっと欠伸をすると、トグロを巻いて寝入ってしまった。

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