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ラミアな子と迷宮採取人 ~ペットから始まる家族物語~  作者: 藤正治
第一章 ラミアな子と迷宮採取人
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04.ヘビの子に叱られる

 レイクは装備で身を固め、寝ているヘビを残して家を出た。

 板に刻んだカレンダーで確認すると、朝食を用意しくれたのはパシーニ家である。

 空の食器を載せたトレーを捧げ持ち、レイクは村で唯一の雑貨屋を訪れた。


「おはようございます」

 雑貨屋のドアを開け、レイクは呼び掛ける。

 しかしドアの(かんぬき)が掛かっていないのに、店内には誰もいなかった。

 レイクはこの村に来るまで、こんな不用心な店を一軒も見たことがない。

 迷宮都市ならば、さあどうぞ盗んで下さいと言っているようなものである。


 もっとも雑貨屋の看板を掲げているが、品揃えは貧相である。

 村人達は自給自足に近い生活を送り、足りない分はご近所で融通し合う。

 どうしても自分達で作れない品を扱うのが、この雑貨屋だった。


「あー、レイクにーちゃんだー」

 のんびりとした声と共に、ぽっちゃりした男の子が奥から出てきた。

 パッシーニ家の長男、九歳のカール君である。

「うわー、かっこいーねー」

 久しぶりに見たレイクの武装姿に、カールが目を輝かせる。

「家の人は誰かいるかな?」

 うんと頷いたカールが、ぽてぽてと店の奥にある住居に戻っていく。

「ねーちゃーん! レイクにーちゃんが来たよー!」

 何か言いかわす声が聞こえ、しばらくしてから妙齢の女性が出てきた。

 三つ編みの黒髪、口元には小さなホクロ。刺繍の入った前掛けの白さが眩しい。

 カールの姉でパッシーニ家の長女、アンナだ。


「おはようレイク、さん?」

 彼女もまた、レイクの武装姿に目を丸くする。

「今朝は準備万端なのね?」

「ああ、その、まあ……」

 レイクは村人の前で、なるべく武装しないように注意していた。

 しかし今朝は、すぐさまダンジョンに潜って依頼を完了させたい。

 家に残したヘビが気掛かりなレイクであった。


「とても勇ましくて立派よ」

「これ、ありがとう…………美味かった」

 レイクが若干緊張しつつトレーを渡すと、アンナは笑顔で受け取る。

「何か依頼はあるか?」

「ちょっと待ってね」

 受け取ったトレーをカウンターの脇に寄せ、アンナは棚から台帳を取り出す。

 パラパラとページをめくり、村人から請けた要望を指先でなぞった。

「菜園用の肥料と、裁縫用の糸があるけど」

「サマンサさんの依頼なら、昨日渡しておいたから」

 アンナは頷き、ペンで線を引いて書き込みを消す。

「肥料の方は、どうかな? なんとかなりそう?」

 アンナの質問に、レイクは腕を組んで考え込む。

「…………ああ、ちょうどいいドロップ品がある」

 要望にかなうモンスターを思い出し、気負うことなく請け負う。


 そしてレイクは今朝も独り、ダンジョンに潜るのだった。


 ◆


 カンテラの明かりが、通路をユラユラと照らす。

 レイクはガラガラと音を立てながら、ダンジョンの通路を進んだ。

 いつものバックパックの代わりに、アンナから借りた小さな荷車をロープで牽いている。

 荷台にはシャベルと、バケツが五つ積んであった。


 迷宮都市で採取人として働いていた頃、レイクは基本的にソロで活動していた。

 採取したドロップ品も、一人で運ばなければならない。

 人車軌道(トロッコ)の使用許可は、集団を組んだ迷宮採取人が優先される。

 手押し車を押してダンジョンを探索するレイクの姿を、しばしば同業者が目撃した。


 ガラガラと車輪が床を噛む音に引き寄せられたのか、前方から白い人型が迫ってきた。

「……今日はツイている」

 早々とお目当てのモンスターに遭遇し、レイクは安堵のため息を吐く。


【ライムゴーレム】 身の丈は成人男性ほど、白くて硬い岩で出来たモンスターである。


 この村外れのダンジョン、モンスターの発生頻度は低いがバリエーションが豊富だ。

 まるで見本市みたいに、様々なモンスターが現れる。

 出現場所もおよそ種類ごとに偏りがあり、無駄な戦闘を避けるのに都合がいい。

 レイクは肩からロープを外すと、腰に下げた剣を引き抜いた。


 ゴーレムは体の組成により、岩石系(ストーン)金属系(メタル)などに分類される。

 剣は弾くし一般的に魔術の効きが悪い、厄介なモンスターである。

 しかし土属性魔術の使い手であるレイクには、相性の良い相手だった。


 白いライムゴーレムが、レイクに殴り掛かった。

 唸りを挙げて迫る致命的な拳を、レイクは横に跳んで避ける。

 伸びたゴーレムの腕を剣で叩くと、バキンと音を立て砕けた。

 勢いのまま、断たれたゴーレムの腕が飛んでいく。

 無機物な外観通り痛みを感じないのか、平然と反対側の腕を振るった。

 しかし片腕なのが災いして、バランスが崩れて無防備な体勢をさらす。

 その隙を逃さずレイクが放った一撃が、ゴーレムの脇腹を大きく抉った。

 自重を支えきれず、ゴーレムの胴体からポッキリと折れる。

 上下半分泣き別れになったゴーレムに、レイクは何度も剣を振るう。


 やがて赤黒い瘴気が立ち昇り、ゴーレムの残骸がボロボロと崩れ始めた。


 土属性魔術は文字通り、土に始まり岩や鉱物まで干渉可能とする。

 レイクは武器に魔術をまとわせ、無機物系モンスターを破壊するのが得意技なのだ。


 ちなみに一般の迷宮採取人は、ゴーレムを罠にはめてしまうのがセオリーである。

 身動きが取れなくなったところを、ツルハシやハンマーで地道に砕いてしまうのだ。

 けっこうな重労働なので交代で行い、休む方はお茶を飲みながらくつろぐ

 そんな訳で、わざわざ剣で戦う意味が分からないというのが、彼らの見解だった。


 魔素が抜けきると、後には細かく砕けた砂利が残った。

 目的のドロップ品である。色々と使い道はあるが、畑に撒くと肥料にもなる。

 レイクは荷車からシャベルとバケツを持ち出し、砂利を集めた。

「もう二体、狩っておくか……」

 ちょうど一杯になったバケツを見て、レイクは呟く。

 バケツ三杯分もあれば十分だろう。


 レイクはシャベルとバケツを積み込むと、ロープを肩に掛ける。

 次の獲物を探し、ガラガラと音を立てて荷車を牽いた。


 ◆


 お昼前、荷車を牽いたレイクが雑貨屋に戻ってきた。


 裏手に荷車を停めて表に回ると、カールとアンナの父親であるベンノが店内にいた。

「お疲れ様、レイク」

「こんにちは、ベンノさん」

 一家の主で雑貨屋の店主、二児の父親であるベンノは、小柄な人物である。

 いつも口元に微笑を(たた)えた、穏やかな人物だ。

 のんびりしたカールの性格は、間違いなく父親譲りだろう。

「依頼の品、持ってきましたから」

「いつも済まないね。君が村に来てくれてから、みんな大助かりだよ」


 いえ、仕事ですから。そう言葉にする前に、レイクは口を噤む。

 頼まれて素材の採取をこなしているが、報酬がある訳でない。

 そもそも村では、貨幣がほとんど流通していないのだ。

 レイクは食事などを世話してもらう代わりに、ダンジョンでドロップ品を採取する。

 契約ではないのだが、何となくそんな流れになっていた。


「そろそろ昼食だから、食堂で待っていなさい」

 ベンノの口調は家族に告げるのと同じく、まるで隔意が感じられない。

 断るのも気が引けたレイクは、店内を横切って奥へと進んだ。

 廊下の突き当たりが食堂であり、まさに食事の準備の真っ最中だった。


「お帰りなさい、レイクさん。お疲れ様」

 ベンノの妻ヘルガが調理の手を休め、レイクを笑顔で迎えた。

「ほら、ここにお掛けなさい」

「はい。でも、これを外さないと」

 ヘルガが椅子を勧めると、レイクは全身の装備を解除し始めた。

「大変そうね、手伝うわ」

 アンナが近寄って、外した装備を受け取ろうとする。

 内心ちょっと焦ったレイクは、装備の呪紋を念入りに非活性化してから渡した。

 その時、勝手口からサマンサお婆さんが乗り込んできた。


「おやレイク、戻ってたのかい?」

「こんにちは、サマンサさん」

 アンナが声を掛けると、サマンサ婆さんは鼻をひくつかせる。

 いい匂いだねと呟きながら、テーブルに果物が入ったカゴを置いた。

「昨日のやつで紡いだら、丈夫で良い糸ができたよ、ありがとさん」

 どうやら果物は、昨日渡した繊維の礼らしい。


 サマンサさんが勝手口から出て行った後、外から彼女の怒鳴り声が響く。

「いつまでも遊んでないで母ちゃんの手伝いをしな!」

 しばらくすると、長男のカールが泣きながら戻ってきた。

 どうやらサマンサさんに叱られたらしい。

 レイクはカゴから果物を手に取ると、自分のナイフで皮を剥く。

 それをカールに手渡すと、彼はにっこり笑ってかぶりついた。


 パッシーニ家揃っての昼食に、レイクもご相伴に預かる。

 暖かい家族の団欒なのだが、レイクは尻の座らぬ居心地の悪さを覚えた。


 ◆


 昼食を終えたレイクは、装備一式を担いで家に戻った。

 寝室の前に立つと、扉の向こう側からミーミーという鳴き声が耳に届く。

 ――あ、忘れていた。

 レイクが扉を開けた途端、


「ミ――――――――――!!」


 警笛のような甲高い鳴き声と共に、ヘビが猛烈な勢いで這ってきた。

「ちょっ!? ちょっと落ち着け!」

 ヘビが足元をぐるぐる回るので、動くと踏ん付けてしまいそうだ。

 レイクが手を差し伸べると指に絡みつき、ぎゅーと締め付ける。

 そのまま食堂に行き、どうにか引き剥がしてヘビをテーブルの上に乗せた。


「ミッ! ミッ! ミッ!」


 ヘビが短く、舌打ちのように鳴き続ける。

 どことなく、非難がましい響きである。

「いやだって、おまえ、寝ていたから…………」

 そう呟いてから、レイクは憮然とする。

「……何を言い訳してるんだ、俺は」

 相手はヘビである。しかも勝手に居座っているのだ。

 レイクはヘソを曲げつつも、台所から小皿を持ってきた。

「ほら、ミルクを貰ってきてやったぞ」

 昼食後、アンナに頭を下げて譲ってもらったのである。

「ミイッ!?」

 レイクが壺からミルクを小皿に注ぐと、ヘビは飛びついて舐め始めた。

「…………調子の良いやつだな、お前は」

 頬杖をついたレイクが、ヘビに向かってぼやく。

 しかしヘビはお構いなしで、ミルクに夢中である。

「おい、明日は森の奥に捨ててやるからな」

「ミミッ!」

 頭をもたげ、ヘビが甲高く鳴いた。

「…………ああ、お代わりね」

 レイクは苦笑し、再びミルクを注ぐ。


 一心不乱にミルクを舐める、迷惑な珍客。

 それを見守るレイクの表情は、終始穏やかだった。

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