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ラミアな子と迷宮採取人 ~ペットから始まる家族物語~  作者: 藤正治
第一章 ラミアな子と迷宮採取人
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03.ヘビの子はミルクが好き?

 ――たぶんダンジョンに、親のヘビが紛れ込んだのだ。

 そして亀裂に潜り込んで聖堂までたどり着き、あの祭壇で卵を産んだのだろう。


 レイクは深呼吸をして、冷静さを取り戻そうとする。

 まず考えるべきは、卵から生まれたヘビをどうするかだ。

 ヘビは枕の下に潜り込んでいるが、桜色の尻尾がはみ出している。

 ぴょこぴょこと左右に動く尻尾を見て、レイクの警戒心も若干薄れた。

 でも素手で尻尾を掴んで、引っ張り出すのは怖い。


 ためらっている内に、ヘビが枕の下から頭を突き出した。

 レイクの様子を窺っているが、特に敵意は感じられない。

「……ほら、出てこいよ」

 言葉が通じるはずもないが、声の調子で安心したのだろう。

 ヘビはしゅるしゅると全身をくねらせて、枕の下から出てきた。

 ベッドの端まで這い寄ると、鎌首をもたげてミーと鳴く。

 その甘えるような鳴き声が、レイクに不思議な感情を掻き立てた。


 毒を持っているかもしれない。

 それに思い至った時、すでに指先でヘビの丸っこい頭を撫でていた。

 ヘビは頭をこすりつけ、くるくると喉を鳴らす。

 咬まれる心配はなさそうだと判断し、摘まみ上げて手の平に乗せた。

 ヘビは大人しく、されるがままだ。

 レイクはテラスから庭に出ると、ヘビを草むらにそっと放した。

「じゃあ、元気でな」


 レイク・ヘンリウッズは、眉一つ動かさずにモンスターを狩る。

 しかし害のない生き物を殺すほど、酷薄ではない。

 踵を返し、レイクは家に戻ろうとした。

「朝っぱらか騒がしかったな」

 愚痴をこぼすが、もう宝玉の勘違いを悔しがる様子はない。

 むしろ彼の表情は、どこか晴れやかだった。


「さて、朝メシにするか」

 家に入ろうとしたレイクが動きを止め、身構える。

 長年培ってきた鋭敏な感覚が、微かな気配を捉えていた。


「……………どうしてついてくるんだ?」

「ミッ?」


 振り返ったレイクの背後に、放したはずのヘビがいた。

 しゅるしゅると滑らかに胴体をうねらせ、レイクの足元にまとわりつく。

 ため息を一つこぼしたレイクは、再びヘビを手の平に乗せる。

 そして今度は、少し離れた場所の草むらに放った。

「ついてくるんじゃないぞ!」

 強く言い聞かせると、レイクが足早に家へ戻る。


 地面を這うヘビの気配が追ってきた。


 レイクは駆け出し、テラスから家に飛び込んでドアを閉める。

 しばらくすると外から、ミーミーと鳴き声が聞こえてきた。

 そのうち、どこかに行くだろう。気楽に考えたレイクは、玄関へと向かう。

 玄関脇に置いた台の上には、布巾が掛けられたトレーが置いてある。

 布巾を摘まみ上げると、サンドイッチとミルクのカップが載っていた。

 一人暮らしのレイクのために、ご近所の誰かが用意してくれたものである。

 「後でお礼に行かないと…………」

 レイクの食事は、近所が持ち回りで用意している。

 今日はどの家だったかと考えつつ、トレーを持って食堂へと。


「ミッ!」


 レイクの顔を見るなり、ヘビが鳴いた。

 彼は肩を落とし、床からヘビを摘み上げてテーブルに乗せた。

「……どこから入り込んだんだ?」

「ミッ!」

 ――まあ、この細い体なら、どんな隙間でもすり抜けるか。

 諦めたレイクは、トレーをテーブルに置いて席に座る。

「…………先にメシを食わせてくれ」

 さっそくサンドイッチにかぶりつき、カップを掲げてミルクを飲む。

 唇を当てた縁から、ミルクが一滴垂れてカップの表面を流れ落ちた。

 ヘビの仔が這い寄り、テーブルに戻したカップを鼻で突っつく。

 垂れたミルクを舐めると、ミーと鳴いた。


 レイクは立ち上がり、台所から小さな皿を手にして戻る。

 皿にミルクを垂らして差し出せば、ヘビの仔はそれを小さな舌で舐め始めた。

「……ヘビは、ミルクを飲むんだな」

 なるほどと、感心したように頷くレイク。


 レイク・ヘンリウッズ。

 迷宮都市で生まれ育った、生粋の都会っ子である。

 ヘビに似たものは、ジャイアントバイパーなどのモンスターしか知らない。

 普通のヘビがどんなものを食べるのか、知りようがなかった。


 レイクは自分の食事も忘れ、舌でミルクを舐めるヘビに魅入られる。

 ――それにしても、よく飲む。

 皿が空になる度に継ぎ足せば、ヘビのお腹が真ん丸に膨れてしまった。

「いや、飲みすぎだろ」

 レイクが突っ込んだが、ヘビは聞いていない。


 しゅるしゅるとトグロを巻き、胴体に顎を乗せて眠ってしまった。


「…………けっこう図太いな、おまえ」

 突っついても起きないヘビの仔に、レイクは呆れ顔だ。

 しかし、好都合ではある。

 ヘビを起こさないように、慎重に手の平に乗せた。

 そのまま家を出て裏手に回れば、その先には森がある。

 森の奥へと分け入って適当な場所を探し、足で枯葉をかき集めた。

 即席のベッドにヘビの仔を乗せると、レイクは足音を忍ばせて後退する。

 そして背を向け、立ち去ろうとした時だった。


 ――――ミッ


 ごく微かな、本当にちいさな鳴き声。

 しかしレイクの鋭敏な聴覚は、それを捉えてしまった。

 枯葉に包まれたヘビが、動き出す気配は感知できない。

「…………寝言か?」

 ヘビも夢を見るのだろうかと、レイクは疑問に思う。

 足音を忍ばせて戻ると、そっとヘビを拾い上げる。


「…………明日でいいか」


 レイクはヘビを連れて帰ると、ベッドの枕元にそっと寝かせた。

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