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29.初めてのお宅訪問

 日が傾き、村の各家々ではそろそろ夕食という刻限。

 レイクとミミイが親子連れで、畑のあぜ道を並んで進んでいた。


 娘であるミミイの上半身は、人間となんら変わるところはない。

 誰が見ても、五歳ぐらいの愛らしい少女にしか思えないだろう。

 しかし腰骨の下辺りからは、桜色のウロコに覆われた蛇の胴体そのもの。

 上半身を起こした格好のまま、蛇身はくねりながら畦道を這っていた。


 背の高いレイクと幼いミミイが普通に並べば、身長さがかなりある。

 その距離を縮めるためにレイクは小腰を屈め、ミミイは上半身を高くもたげる。

 互いに差し出した手をつなぐ二人を、夕暮れ近い陽が照らしていた。


 やがて前方に見えてきたのは村で唯一の雑貨屋だ。

 屋号は特になく、ベンノさんのとこ、で通っていた。

 店先に立って手を振っているのは、パッシーニ家の長女アンナである。


「ミミイちゃーん! レイクさーん!」

「あんな!!」

 レイクの手を放したミミイが、スルスルと滑るように地面を這う。

 ヘビ特有の複雑な走法だが、スピードはかなりのもの。

 あっという間にアンナの前にたどり着き、両手を伸ばす。

 催促に応えたアンナが、ミミイをぎゅっと抱きしめる。

「ミミイちゃん! いらっしゃい!」

 ミーミーと、ミミイが嬉しそうに声を上げた。

 普段から色々と面倒を看てくれるアンナには、特に懐いているのである。


「いらっしゃい、レイク」

 店の中から、他のパッシーニ家の人達も姿を現した。

 家長のベンノ、妻のヘルガ、アンナの弟で長男のカールだ。

 みんな普段よりも、ちょっと身だしなみを整えている。

「本日はお招き頂き、ありがとうございます」

 レイクは丁寧に会釈して、礼を述べた。

 今日はミミイを主賓として、晩餐(ディナー)に招待されたのである。


「ほら、ミミイ」

 レイクに促されると、ミミイはアンナから離れてレイクの隣に並ぶ。

「ありがと!」

 ミミイはレイクとの練習通り、お行儀よく頭を下げた。


 今日のミミイは、村の伝統的な晴れ着でおめかししている。

 袖が肩の辺りでふんわりと大きく膨らんだ、白いブラウス。

 前身頃を紐締めして上半身にぴったりと着付けた、黒いボディス。

 白いエプロンを前に垂らし、やや丈を詰めた水色のスカート。

 襟元や袖、エプロンやスカートの縁は、フリルで飾られている。

 仕上げに黒いリボンを、頭の上で大きく結んでいた。

 白金の髪に翡翠の瞳、蛇身の桜色のウロコと相まって、彩り華やかである。


「ほんとうに可愛らしいわねえ」

「そうでしょうとも、そうでしょうとも」

 母のヘルガが感心すると、娘のアンナは鼻高々だ。

 彼女が昼間、レイクの家を訪れてミミイの着付けをしたのである。

 しかもミミイの衣装は、アンナが子供の頃に着ていたお下がりだ。

 アンナが自慢げなのも、無理はなかった。



「ミミイ、かわい?」

 着付けの時も含めて何度目になるのか、ミミイが尋ねる。

「ええ、可愛いわ! ねえ、レイクさん?」

「……ああ、かわいいぞ」

 アンナに振られ、レイクが同意する。

 テレがあるのか、多少棒読み口調なのは致し方ない。

「ミミイ、かわい?」

 ベンノとカールにも、ミミイは確認する。

「ああ、可愛いよ」

「うん、とってもー」

「ミーッ!!」

 全員に褒めてもらい、ミミイは有頂天になる。

 しばらく尻尾の先でビタビタと地面を叩いていたが、ハッとした表情になる。

「とーちゃん! とーちゃん!」

「なんだ、ミミイ?」

 ミミイはレイクの格好を、まじまじと見上げた。

 彼の衣装は迷宮都市で購入したものなので、それなりに洗練されている。

 ミミイのための夕食会なので、荷物の底から一張羅を引っ張り出したのだ。

 ミミイは自分の喜びを、父親にも分け与えようとしたのかもしれない。


「とーちゃん、かわい!!」

 ミミイは笑顔を弾けさせ、レイクを褒めてやった。


 ブホォッと、アンナが吹き出した。

 なんとか笑いを堪えようと、懸命に口元を押さえる。

「ねえねえ、あんな?」

「ぐ、ぐふっ!? なっ、なにっ! ミ、ミミイちゃん!!」

「とーちゃん、かわいでしょ!」

 どうやらミミイは、可愛いという意味を理解していないらしい。

 とうとう堪えきれず、アンナは膝から崩れ落ちた。

「ヒイッ! ヒイッ!? おなかっ! おなかがイタイ!?」

 脇腹を押さえてうずくまったアンナは、息も絶え絶えになる。

「はあ、いい年して。しょうがないわね、まったく」

 笑いの発作を止めてやろうと、ヘルガはバシバシと娘の背中を叩いた。

「ごめんなさいね、レイクさん。こんな娘で」

「ごめんねー、レイクにーちゃん」

 相変わらず間延びした声で、カールまでもが謝る。


「とーちゃん、どうした?」

「ああ、大丈夫。なにも心配いらないよ?」

 キョトンとしたミミイに、レイクはそう答えるしかなかった。


 ◆


 雑貨屋の店内から奥に入る前に、レイクは用意してあった手拭いを取り出した。

 父親に蛇身の汚れを拭ってもらいながら、ミミイはきょろきょろと周囲を見回す。

「とーちゃん! あれなに!」

 他所の家を初めて訪れたミミイは、棚に並ぶ商品に興味津々である。

「また今度、ゆっくりな?」

 パッシーニ家の人達を待たせる訳にはいかないので、レイクは軽く流した。

 ベンノを先頭に一同が食堂に入ると、ミミイが小さな鼻をピクピクと動かす。

「ミー!?」

 テーブルの縁に手を掛けて身を乗り出すと、声を上げて驚いた。

 彼女の目の前に、ずらりとご馳走が並んでいたからだ。

「とーちゃん! メシ、いっぱい!」

「そうだな、いっぱいだな」

「なんなの! なんなの!?」

 興奮したミミイが、レイクの袖をぐいぐい引っ張る。

 おめかしして父親に連れられて、初めて他所の家を訪ねる。

 そんな認識しかなく、それだけで十分に楽しみだったのだ。


「ミミイちゃんにたくさん食べてもらおうと用意したのよ?」

「ミッ!?」

 ヘルガの言葉に、ミミイはショックを受けたらしい。

「…………とーちゃん、とーちゃん?」

 ミミイがコソコソと、レイクに尋ねる。

「なんだ?」

「ぜんぶ、ミミイの?」

「違うから。皆で一緒に食べるんだよ」

「…………ミ~~」

「どれだけ食い意地が張っているんだ」

 ちょっとガッカリした風のミミイに、レイクが呆れ返る。

「遠慮しないで、好きなだけ食べていいわよ?」

 しっかりと聞こえていたヘルガが、くすくすと笑う。

「ミッ!!」

 ヘルガの言葉に、ミミイが気合を入れる。

「あの、すみません」

 レイクは恥ずかしそうに身を縮こまらせ、ぺこりと頭を下げた。


「それじゃあ、頂こうか」

 全員が席に座り、ベンノが食事の開始を告げた。

 いつもの専用の椅子ではないので、ミミイは若干座りにくそうだ。

 しかし、そんなことは気にもせず、フォークを手にして瞳を輝かせる。

 最初に目を付けたのは、甘酸っぱいベリーのソースが掛かったミートボールだ。

 フォークを突き刺し、小さな口を大きく開けて半分齧り取る。

 もごもごと咀嚼してから、ごくんと呑み込む

「うまい!」

 フォークを握った拳を、テーブルに叩き付けた。


 なんとなく見守っていた大人達は安堵し、それぞれ料理に手を伸ばす。

 レイクはマスのオーブン焼きを、自分の皿に取り分けた。

 村人達は、村の西にある湖で獲れる水産物を好んで食べる。

 キノコやタマネギも添えて、骨から身を剥がして口に運ぶ。

 マスは淡白な味わいで、クリームと塩の加減が絶妙だ。

 ミミイが隣で、レイクの口元をジッと凝視した。

「どうした、ミミイ?」

「…………うまい?」

「ああ、美味しいぞ」

「…………はんぶんこ?」

「なんでだよ。食べたいのなら――」

 ちゃんと取り分けてやると言い終える前に、

「いいでしょ?」

 小首を傾げたミミイがおねだりする。

「…………まったく」

 レイクがマスを半分に切り分ける。

「そっち!」

「ちゃっかり大きな方を選ぶのな?」

 突っ込みながらミミイの皿にマスを載せ、骨を抜いて身をほぐす。

「ほら、いいぞ」

 ミミイはマスをフォークですくって口に運ぶ。

「うまい! うまい!」

 垂らした尻尾で床を叩き、ミミイは大喜びである。

「落ち着け、行儀が悪い」

 レイクはたしなめてから、周囲の視線に気付く。


「ちゃんと父親をしているわねえ」

 ヘルガは手のひらを頬に当てて微笑んだが、アンナが首を傾げる。

「でも、ちょっと甘やかし過ぎじゃない?」

「いやそんなことは…………食べ盛りだから」

 レイクは赤くなった顔を俯け、ぼそぼそと言い訳した。

「とーちゃんとーちゃん!?」

 ミミイが赤いものを手にして騒ぎ出す。

 それはボイルされて真っ赤になった、エビである。

 やはり湖で獲れるもので、前肢が長いのが特徴だ。

「むし!」

「こ、こら! 失礼なこと言うんじゃない!」

 レイクは焦り、またもやアンナが吹き出しそうになる。

「それはエビで………えーと、とてもおいしい、らしいぞ?」

「えび?」

 ミュ~と、ミミイが口をすぼめて考え込んだ。

 エビからレイクへと視線を何度も往復させ、こくりと頷く。

「はい、とーちゃん!」

 エビを差し出され、レイクの顔が引き攣った。


 レイクが食べられない食材の一つが、このエビなのである。

 なんか虫っぽいし、足がたくさん生えて薄気味悪いからだ。

 レイク・ヘンリウッズは、結構好き嫌いが多い男なのである。

「とーちゃん?」

 身動きしないレイクを見て、ミミイが不思議そうに首を傾げた。

「あのね、ミミイちゃん?」

 レイクのエビ嫌いを知っているアンナが、助け船を出そうとした時である。


 くわっと口を開いたレイクが、エビにかぶりついた。

 ボリボリボリと、エビの殻を噛み砕く音が食堂に鳴り響く。

「とーちゃん、うまい?」

 ごくりと呑み込んだ後、レイクは泣き出しそうな顔で、

「あ、ああ…………すごく、すごく、うまい!」

 嘘を吐け! と、アンナが内心で突っ込んだ。

 するとミミイも、新しいエビを口に入れ、

「とーちゃん! かたい!」

「あなた達ねえ」

 あきれ顔のアンナが、父娘をたしなめる。

「殻ぐらい、剥いてから食べなさい」


 それ以降は特にアクシデントもなく、普通に食事が進んだ。

 村で産する食材の御馳走を全員が堪能した。

 刻んだキャベツを混ぜて潰したイモ料理。

 香草とニンニクを掛けて焼いた子羊の肉。

 肉と湖の牡蠣、タマネギと森のキノコで作ったパイ、等々

 ミミイはどれも絶賛し、むしゃむしゃと食べ続ける。

 途中でお腹がきつくなり、ボディスの紐を緩めてもらったりした。


 ミミイが旺盛な食欲を見せている間、大人達の会話も弾む。

 ヘルガはレイクに、子育てに関する心得を語った。

 ベンノが娘の昔話を暴露したので、アンナがむくれる。

 大人達が話している間、カールがミミイの面倒を看た。

 口の周りの汚れをナプキンで拭うなどして、甲斐甲斐しく世話を焼く。

 レイクが礼を言うと、

「妹みたいだからねー」

 おっとりと笑い、まんざらでもないようだった。

 お転婆ぶりでは村でも一二を競う、姉と幼馴染ばかり見てきたのだ。

 二人に比べれば女の子らしいミミイが新鮮なのかもしれない。


 食事も終わり頃、デザートに果物のタルトが出された。

 お腹がいっぱいになったせいか、ミミイの目がとろんとしている。

 こっくりこっくり舟をこぎながらも、執念でタルトに齧りついた。

「眠いのか、ミミイ?」

「…………ミ~」

 レイクから半分貰ったタルトを食べ終えると、ついに限界が来た。

 レイクは席を立ち、椅子の上でぐらぐらと揺れるミミイを支えた。

「あの、すみませんが」

「ああ、今晩はお開きにしようか」

 恐縮するレイクに、ベンノが鷹揚に笑った。


 ◆


 パッシーニ家の人達は、雑貨屋の店先までレイク達を見送りに出た。

「レイクさん、一人で大丈夫? けっこう重いんでしょ? 送って行こうか?」

 アンナは、レイクの腕の中で眠りこけるミミイを覗き込む。

 口を半開きにした、満足そうな寝顔である。

 ミミイは頭の天辺から尻尾の先まで測れば、大人の身長よりも長いのだ。

 だらんと弛緩したミミイの身体を抱きかかえるのは、相当な重労働だろう。

 しかしレイクは、アンナの申し出に首を振る。

「重いけど…………大変じゃないから」

 レイクの言葉に、アンナが優しく微笑む。

「それじゃ、お休みなさい、レイクさん、ミミイちゃん」

 レイクもパッシーニ家の人達とお休みの挨拶を交わし、その場を去った。


 すっかり日も暮れたが、雲一つない夜空。

 満天の星が輝き、夜道を照らしている。

 歩いているうちに、ミミイの身体がずれ落ちそうになった。

 起こさないようにそっと抱え直したが、ミミイが薄目を開く。

「…………とーちゃん?」

 寝ぼけたミミイが、レイクの首に腕をまわす。

「とーちゃん…………かわい……」

 むにゃむにゃと呟くと、再び寝入ってしまった。



 レイクは両腕に掛かる、幸せの重みを噛み締めた。

カクヨムにて「犬から始まる転生物語~鈴木竜牙と転生女神~」を公開中。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054891988876


読んで頂けたら嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] とてもおもしろかったので、できれば続きが読みたいです
[一言] 良い…(語彙消滅)
[良い点] ミミイが可愛くてつらい。 [一言] ご両親とのご挨拶もすんだね…。
感想一覧
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