28.エピローグ
ミミイの存在が村人達に知られてから、一年が過ぎた。
現在レイクは、迷宮採取人の仕事を休んでいる。
生活に密着した素材が採取できるのは、一階層から二階層がメインである。
その二階層までのモンスターを、レイクが一時的に全滅させてしまったからだ。
ハミング・ソウルが、休眠状態に陥ったのも理由の一つである。
加護の剣は完全に沈黙し、普通の剣と変わらなくなってしまった。
以前にも同じ状態になったことがあるが、知人のシェリーによれば一種の充填期間らしい。
自然と回復するので、今は気長に待つしかない。
愛剣を労う意味でも、レイクは迷宮採取人を休業することにしたのである。
しかしダンジョンで働かなければ、レイクは完全なごく潰しになってしまう。
そこで彼は、村で様々な雑用をこなすようになった。
雑貨屋では力仕事や帳簿付け、各家を回っては畑仕事や家畜の世話などを手伝っている。
魔術の行使を、隠し立てすることがなくなった。
畑や用水路の拡張、土地の整地や建築のための基礎工事なども行っている。
レイク本人に自覚はないが、村人達はレイクの働きぶりに感心していた。
慣れない仕事でも一所懸命取り組むし、持久力もある。
理解の及ばない魔術より、むしろ骨身を惜しまず働く姿勢を評価した。
やがてレイクを異邦の冒険者ではなく、村の一員として受け入れたのである。
そして村の主だった大人達は、こう考えるようになった。
――嫁の世話をしてやらなきゃならん、と。
しかしそれは、また別の話である。
とにかくレイクは村人達との交流が増え、村に溶け込んでいった。
「ただいま、ミミイ」
レイクは一日の仕事を終えると、まっしぐらに帰宅する。
「とーちゃん! おかえり!」
玄関を潜ると、家の奥からミミイが突進してきた。
蛇の胴体を床に叩き付けてジャンプ、レイクに飛び掛かって首にかじりつく。
頬擦りしながら長い蛇身を、くるくるとレイクに巻き付けた。
ミミイはこの一年で、人族の五歳児相当にまで急成長した。
村人達に認知されてから、彼女の食事量が急に増えている。
安心できる生活環境を得たと、本能的に感じたのかもしれない。
食事量に比例して脱皮の回数も増え、見る見る大きくなった。
朝、家を出たレイクが帰宅する度に、その成長ぶりを実感する程である。
しかし上半身は五歳児だが、蛇身の部分が相当に長い。
ミミイの全長は、既にレイクの身長を越えてしまっていた。
体重もかなりあるので、抱き着かれるのが段々きつくなっている。
しかし父親の沽券にかかわると、レイクは踏ん張って耐えていた。
「ちゃんと良い子にしていたか?」
「うん! めあり、かーる、あそんだ!」
そして身体の成長よりもレイクを驚かせたのが、言語の修得速度だ。
舌足らずではあるが、しっかりと会話ができるようなっていた。
レイクの家にはひっきりなしに、村人達が訪れる。
彼らのお目当ては、ミミイだ。
手土産を持ってきては彼女に食べさせ、桜色のウロコを撫でたがる。
そして面白がって、様々な言葉を教え込んだ。
そのお陰もあって、ミミイの語彙力は急激に高まった。
うちのミミイは賢いと、レイクは密かに自慢に思っている。
ミミイを身体に巻き付けたまま、レイクは寝室に向かう。
力加減を覚えたミミイは、以前のようにレイクを締め上げることはない。
その点だけは父親の責任として、レイクが厳重に躾けたのである。
もしミミイが全力を振るえば、誰かに怪我をさせてしまう可能性があった。
子供のミミイが事故を起こさないよう、彼女一人での外出は許していない。
もう少し分別がつくようになるまで、家の敷地内で遊ばせるつもりだった。
部屋に到着すると、ミミイはドスンとベッドに飛び降りた。
レイクが部屋着に着替えるまで、いつも大人しく待っている。
その間彼女は、立て掛けてあったハミング・ソウルを手にした。
そして鼻歌を鳴らしながら、加護の剣を抱きかかえる。
「なあ? なんでいつも、そうやっているんだ?」
暇さえあれば、彼女はハミング・ソウルを抱きかかえているのだ。
一年経った今でも、加護の剣の反応はない。
「ミッ?」
ミミイが首を傾げた。
自分でも理由が分からないらしい。
「まあ、いいか。さあ、食事にしようか」
「メシ!」
ポイっと、ハミング・ソウルをベッドに放り投げる。
レイクと手をつなぎ、二人は部屋を出て行った。
――ruru
ごくごく小さく響いた旋律は、どこか不満げだった。
ヘンリウッズ家の夕餉は、ミミイの独演会だ。
特別製の椅子に腰掛けたミミイが、その日の出来事を報告する。
時たま、料理を刺したままのフォークを振り上げる熱弁ぶりだ。
庭でメアリ達と駆けっこしたこと、自分が一番速かったこと。
かくれんぼしたけど、尻尾がはみ出して見付かったこと。
どんな小さなことでも、ミミイは楽しげに話す。
レイクは食事を摂りながら耳を傾け、時折相槌を打つ。
ミミイが体験した他愛もない出来事に、口元をほころばせた。
ここ一年を振り返れば、子育てが気苦労の多いものだと知った。
だけど、それを補って余りある幸せがあると感じている。
たぶん、これからも大変なことがあるかもしれない。
それでもミミイの笑顔のために頑張ろうと、レイクは思った。
「ねえねえ、とーちゃん! おしえて!」
「なんだ?」
好奇心旺盛なミミイは、いろんな疑問を抱く。
なぜ空が青いのか、そんな子供らしい質問の種は尽きない。
「ミミイ、いつ足なるの?」
「えっ!?」
衝撃のあまり、レイクは硬直した。
「めあり、かーる、あんな、足でしょ?」
「……そうだな」
「ミミイ、シッポでしょ?」
「……そうだな」
「とーちゃん、足でしょ?」
「…………どうかな?」
「足でしょ!!」
誤魔化そうとしたら、ミミイに怒られた。
「はい、すみません、足です」
そうでしょ! と、ミミイは得意げである。
レイクを叱る時の、アンナのもの真似をしているつもりらしい。
「ならミミイ、足なるでしょ?」
「そ、それは、その…………」
「ねえ、いつなるの?」
期待に満ちた翡翠の瞳に見詰められ、レイクはうろたえる。
子育てとは、やはり一筋縄ではいかないものらしい。
さっそく降りかかった難題に、レイクは頭を抱えたくなった。
いかがでしたでしょうか?
楽しんで頂けましたか?