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ラミアな子と迷宮採取人 ~ペットから始まる家族物語~  作者: 藤正治
第一章 ラミアな子と迷宮採取人
25/30

25.決断する迷宮採取人【後編】

連日投稿 第二弾

前後編同時投稿の後編

 かつて、氾濫するモンスターによって蹂躙された世界。

 数百に及ぶとされる人類種が、絶滅の危機に瀕した時代。

 各種族の英雄達が冒険者を名乗り、迷宮討伐に敢然と挑んだ。

 冒険者の中には、人格的に問題のある者も数多く存在したらしい。

 しかし冒険者を名乗る者は、ただ一つの誓いに殉じたと伝えられる。


『地上からモンスターを、ことごとく駆逐せよ』。


 冒険者が冒険者である限り、決して破ってはならない誓いだった。

 そして現代でも、冒険者の誓いは形を変えて受け継がれている。

『ダンジョンから、決してモンスターを出してはならない』

 それが迷宮採取人に課せられた、何を犠牲にしても優先すべき義務だった。


 ミミイがモンスターであると判明した時点で、選択肢はなかったのである。

 冒険者であろうと迷宮採取人であろうと、とるべき行動は一つ。

 それは抜く手も見せず、ミミイを斬り捨てることだった。


 ハミング・ソウルとの歌遊びで疲れたのであろう。

 夜が更け、ぐっすりと眠りこけるミミイを胸に抱いて家を出た。

 それから村外れのダンジョンに潜り、大昔の聖堂にたどり着く。

 ミミイの卵を見付けた祭壇に、ミミイを横たえた。


 そして、そこに彼女を置き去りにしてしまったのである。


 地上からダンジョンに戻せば問題はない。

 それが詭弁であり、背信行為だと言う自覚はあった。

 なによりミミイを裏切ったとい事実が、彼を責め苛んだ。

 酒に紛らわそうとしても、罪悪感は酔うほどに膨れ上がる。


 ――いつか迷宮採取人として、ミミイと対峙するかもしれない。


 そんな悪夢のような可能性にも苦しんだ。


 冒険者の誓い、迷宮採取人の義務、ミミイの信頼。

 その全てを裏切った男は、耐え切れずに村から逃げ出そうとしたのである。


 ◆


 アンナと別れたレイクが、疾風のような速さで村を駆け抜ける。

 たまたますれ違った村人が、あんぐりと口を半開きにして見送った。

 村をほぼ一直線に横切り――途中、進路を遮る牛を跳び越え――村の東側に出た。

 ダンジョンの入り口に到着すると、その扉を開くために魔力を注ぎ込む。

 僅かな隙間から身体をねじ込み、レイクは駆け出した


「ミミイ!!」

 届くはずがないと分かっていても、レイクは叫ばずにはいられない。

 きっと今頃、目覚めたミミイが心細さに泣いているだろう。

 一刻も早く彼女の許にたどり着くこと、それしか念頭にはない。

 二階層に降り立つと、地下聖堂へ続く階段を目指した。

 そこでレイクは異様な現場に遭遇し、驚きのあまり立ち竦んだ。


 種類も雑多なモンスターが、一〇体以上も群れていた。

 しかも押し合いながら階段に侵入しようとしていたのである。

 種類の違うモンスターが群れを作ることなど滅多にあることではない。

 しかも、この規模のダンジョンにしては、群れの数も多すぎる。

 この現象について、レイクに思い当たる節は一つしかない。


 ――ミミイに、危険が迫っている。

 時間を惜しんで急いで駆けつけたため、寸鉄も帯びていない。

 しかしレイクは躊躇なく、モンスターの群れに突進した。


 一番手前にいたモンスターは、植物のような形状のキラーヘンプ。

 急接近するレイクに気付き、葉っぱのような鋭いかぎ爪を振り下ろす。

 身をよじって掻い潜るが、肩口をかすめて浅く切り裂く。

 レイクは構わず相手の懐に踏み込み、キラーヘンプの頭部を鷲掴みに。

 そのまま、一気に中枢器官を引きちぎった。


 くたくたと倒れ掛かってくるキラーヘンプを蹴り飛ばす。

 そこにカンフルラビットが跳躍し、レイクに体当たりした。

 あえて真正面から受け止めると、その衝撃に内臓が揺さぶられる。

 しかし、暴れるカンフルラビットを逃がさないように抱え込む。

 容赦なく腕に力を込めると嫌な音が響き、動かなくなった。

 残骸を投げ捨てたレイクが、次の獲物に狙いを定めて襲い掛かる。

 両手で掴んでへし折り、壁に叩き付けて削り、蹴り倒して踏み砕く。

 もはや迷宮採取人どころか、冒険者の戦い方ですらない。

 モンスターよりもどう猛な、暴力の旋風が吹き荒れた。


 死闘が完了した後に立っているのは、レイクのみ。

 辺りにはモンスターの残骸が散乱し、赤黒い瘴気が立ち込めていた。

 身体強化を解除した途端、レイクの全身がガクガクと震え出す。

 酸素を求めて激しく喘ぎ、滝のように汗が流れた。

 本来、術式の補助なしで身体を強化しながら戦うのは、非常な危険を伴う。

 人族の思考力では、戦闘と魔術制御を同時に行うのは負荷が大きすぎる。

 もし魔術制御を誤れば筋肉は断裂、骨格は粉砕しかねない。

 エルフと同等以上の魔力量を内包しながら、防具に刻んだ術式の補助を必要とする。

 人族であるレイクの、それが限界であった。


 レイクは休む間もなく、階段の入り口を覗き込んだ。

 そこは依然として感知能力が届かない、特異な空間である。

 しかし迷宮採取人として長年培った勘が告げていた。

 らせん状の階段の遥か奥底まで、無数のモンスターがうごめいている。

 しかし今更、ここで引き返すという選択肢はない。

 大きく深呼吸した後、レイクは階段を駆け下りた。


 ◆


 暗闇の中、モンスターの気配を頼りに、レイクは戦い続けた。

 武器も防具もないが、幅の狭い階段の周囲は全て剥き出しの岩。

 そして彼は、土属性魔術の使い手なのである。


 モンスターの多くは、回避能力に優れている。

 レイクが剣でたやすく倒しているが、それは高い技量があってのこと。

 しかし幅の狭い階段では、モンスター達に逃げ場はない。

 階段の壁を、天井を、魔術によって断続的に爆発させる。

 指向性を伴った爆発により、岩の破片が凄まじい勢いで飛び交っていた。

 破片は次々とモンスターを貫通し、粉微塵にしてゆく。

 レイクは階段を下りながら、立ちふさがるモンスターを殲滅した。


 下層から這い上がるモンスターの気配を察知する。

 視認はできないが、岩の破片の攻撃にも耐えているらしい。

 音と気配で位置を特定、モンスターの真下に石の杭を生成して貫く。

 さらに杭の数を増やして旋回させながらねじ込み、内側から引き裂いた。


 魔術による無差別攻撃は、同時にレイク自身にもダメージを与えている。

 跳ね返った破片を浴び、天井の一部が崩落して巻き込まれた。

 自分の身の安全を顧みず、ひたすら先を急いだ結果だ。

 それ以上に危険で厄介なのが、モンスターの残骸から発生する瘴気である。


 赤黒い瘴気には魔素の他、一時に多量摂取すると人体に害を及ぼす不純物を含む。

 モンスターと間近で戦ってきたレイクは、常人よりも耐性がある。

 それでも瘴気の濃度が高まるにつれ、身体に深刻な影響を及ぼし始めた。

 下層へ降りるほどにモンスターの数が増え、倒すほど瘴気が濃くなる。

 モンスターが次々と襲ってくるせいで、体内で中和している余裕がない。


 多量の毒素が身体に望まぬ変異を促し、細胞が悲鳴を上げる。

 灼けつく肺が空気を求め、喘ぐほどに魔素を吸い込んでしまう。

 心臓が早鐘を打ち、こめかみがドクドクと脈打ち、思考力が低下する。

「ミミイ!!」

 その名を呼んで、朦朧とする意識を繋ぎ止める。

 なぜ自分が戦っているのか、忘れないために。


 とっさに、レイクは身体強化を施した。

 その直後、鋭い一撃を顎から胸部に掛けて受ける。

 身体強化が遅れていたら、肋骨が砕ける程の威力だ。

 仰向けに倒れたレイクが、反射的に身をよじる。

 避けた場所に追撃があり、階段が割れる音がした。

 何本もの岩の杭で防ごうとするが、生成する度にへし折られてゆく。

 だが、どうにか立ち上がる時間は稼げた。


 ひゅんひゅんと空気を切り裂く音が、前方で鳴り響く。

 折れた石杭を拾い、剣のように成形硬化して構える。

 周囲の壁を一斉に吹き飛ばし、瓦礫の雨を浴びせかけた。

 しかし敵の気配は健在、ひゅんと風切り音が鳴る。

 かろうじて受け止めたが、その一撃で即席の剣が砕け散る。


 射程の長さ、攻撃しても感じられない手応え。

 なによりも聞き覚えのある、独特の風切り音。

 敵の正体はヘビ―サンド、しかもかなりの大型である。

 群体であるヘビ―サンドに、通常の攻撃は通じない。

 繰り出す鞭の攻撃は威力が高い上に、数も自在に増やせる。

 いまの状況で、一番手強いモンスターと言えた。


 しかし、先を急ぐレイクにとっては、単なる障害物に過ぎない。

 通常のように、ちまちまと削る手間暇を掛けるつもりはなかった。


「邪魔だ!!」

 レイクが吼える。

 周囲一帯の壁に、ぞろりと無数の岩の牙が生えた。

 階段通路そのものがグニャリと歪み、ミキサーのようにヘビ―サンドを噛み砕く。

 それでもなお、ヘビ―サンドの動きは止まらない。

 変形しながらもがき、岩の顎から逃れようとする。

 そこに、激しく揺れる階段を跳び越えたレイクが着地する。

「――ミミイが、待っているんだ」

 貫手を突っ込み、土属性魔術を直接流し込んだ。

 身震いするようにヘビ―サンドが波打ち、爆散した。

 同時に地盤が限界を超え、レイクを呑み込んで崩落した。



 粉塵が立ち込める中、瓦礫を押しのけてレイクが立ち上がる。

 ヘビ―サンドの爆散に巻き込まれ、左腕がズタズタになっていた。

 片足に感覚がなく、あちこちに打撲や裂傷を負った満身創痍だ。

 瘴気の中毒で血液が沸騰したように身体が熱く、耳鳴りがする。

「…………ミミイ」

 それでもレイクは、再び歩き出そうとした。


 ――――チャ!


「…………え?」

 朦朧としていた意識が醒め、額から流れる血を拭って瞼を開く。


 ――――チャ!


 壁に施された精緻な彫刻が、仄かに赤い光に浮かび上がる。

 清浄な雰囲気に満ちた古の聖堂に、レイクは立っていた。


「トーチャ!!」

 耳鳴りが遠のき、はっきりと聴こえた。

 レイクは片足を引きずりながら、祭壇へと近付く。


「トーチャ!!」

 とうちゃんと、レイクは何度も教え込んだ。

 しかし今まで一度も、その呼称を口に出したことはなかった。


「…………なんだよ…………今頃になって…………」

 泣き笑いの顔で、レイクが文句を言う。

 ――もし最初から、ミミイがその言葉を口にしていたならば。

 きっとレイクは、迷わず彼女を選んでいただろう。 


「トーチャ! トーチャ! トーチャ!!」

 彼女は、祭壇から飛び降りることができないらしい。

 見えない何かにぶつかり、何度も弾き返されている。

 レイクは服の裾で血を拭い、動かせる方の手を差し延べる。

 特に障害もなく、そっとミミイを掴み上げた。


「トーチャッ!!」


 翡翠の瞳を涙で濡らし、ミミイが泣きじゃくる。

「ごめん。ごめんな、ミミイ?」

 レイクは何度も謝り、彼女の頭に頬を当てた。


 ◆


「…………ミミイ……旅に出よう」

 半壊した階段を苦労して上がり、二人はダンジョンを脱出した。

 どうやら二階層までのモンスターは、全て倒してしまったらしい。

 帰り道には一体も姿を現さなかった。

 元の数に戻るには結構な時間が掛かるだろうが、問題はない。

 レイクが村を立ち去れば、他に採取をできる人間はいないのだから。


「どこか遠い…………人のいない所で……二人で暮らそうな?」

 ぐずるミミイを片手で胸に抱え、レイクは優しく語り掛ける。

 モンスターを地上に連れ出すことは、最大の禁忌だ。

 全ての人類種に対する、裏切り行為といってもいい。

 だから、どこか遠くの地に隠れ、彼女と暮らすのだ。


「そうだ……ミミイが暮らせる場所を……」

「トーチャ?」

「うん…………ダンジョンを…………創ってあげるよ」

 モンスターであるミミイは、きっと自分よりも長生きするだろう。

 自分がいなくなった後でも平和に暮らせる、安住の場所を築くのだ。

 そんな夢を思い描きながら、レイクは進み続ける。


 レイクの視界は霞み、ほとんど見ることはできない。

 いま自分がどこを歩いているのかさえも把握できない。

 身体の痛みは、もうあまり感じない。

 ふわふわと雲を踏むような、そんな夢心地の気分である。

 彼の通った後には、点々と血の跡が続いていた。


「トーチャ? トーチャ?」

 だんだんと遠くなるミミイの声を聞きながら、レイクが微笑む。

「でも…………ちょっとだけ…………休ませてくれ」

 ミミイを押し潰さないように注意しながら、地面に横たわった。

 そのまま、そっと目を閉じる。


「トーチャ?」

 ぺちぺちと頬を叩かれても、目覚めることのない深い眠り。



 レイクの寝顔は安らかで、満ち足りたものだった。

明日も投稿します

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