02.時代錯誤の冒険者
【ダンジョン】
それは侵蝕によって広がり、多種多様なモンスターの温床となる地下構造物。
古い時代には増殖したモンスターが地上に溢れ出し、大きな被害をもたらした。
開拓が進んだ現在では、ダンジョン災害は制御可能だと考えられている。
しかし未だに多くの謎に包まれた神秘の領域、それが迷宮であった。
◆
「…………今日はツキがないな」
カンテラを掲げたレイクが、いつもの癖で独り言を漏らす。
村外れのダンジョンに潜り、現在一階層を探索中だった。
レイクは素材を収納するためのバックパックを背負い、音を立てずに歩く。
身を固めている武装は、大昔の冒険者が使っていた装備のレストア品だ。
防具の装甲には強化系呪紋が刻まれ、腰の剣は複式加護を帯びている。
いずれもレイクが骨董品屋で買い集め、修復したものである。
三〇分ほどうろついたが、目的のモンスターが見つからない。
レイクは魔術による、高い感知能力を扱える。
この程度の規模のダンジョンならば全体構造まで把握可能。
もし遭難者でもいれば、即座に発見できる精度を誇る。
しかしダンジョンから生じるモンスターは、特定が難しい。
もともと湧き出るモンスターが少ない、廃棄ダンジョンである。
急ぎの依頼ではないし、諦めて帰っても文句は言われないだろう。
「…………下を探すか」
しばし悩んだレイクは、二階層へと続く斜路の方向へと進んだ。
村外れのダンジョンは四層しかないが、階層ごとの奥行は深い。
大小の空間を通路で繋げた、アリの巣状の構造である。
迷宮都市のダンジョンのような、幾何学的な階層構造とは様相が異なった。
中枢部を破壊されて、再生力が弱まっているのだろう。
ダンジョン特有の発光する壁面も劣化が進み、薄暗くてカンテラが欠かせない。
足元を照らしながら、レイクは二階層へと続く斜路を下りた。
二階層に到着してから、さらに三〇分後。
気配を感知して移動すると、通路の奥に目当てのモンスターを視認した。
【キラーヘンプ】
葉っぱのような鈎爪で掴み掛かってくる、植物系モンスターである。
数は四体。ゆらゆらと揺れるような動きで迫ってきた。
レイクはカンテラを床に置き、剣の柄に軽く手を添える。
――間合いギリギリで二体。一歩踏み込んで、返す刃で二体。
一瞬にして中枢器官を斬り飛ばされ、キラーヘンプが崩れ落ちる。
床に倒れた残骸から、分解した魔素が赤黒い瘴気となって立ち昇った。
レイクは何事もなかったように剣を鞘に収める。
抜く手も見せぬ、早業であった。
迷宮採取人、レイク・ヘンリウッズ。
かつてダンジョン業界関係者は彼の事を、こう呼んだ。
【時代錯誤の冒険者】と。
剣の腕は一流、土属性魔術の優秀な使い手。
単身でダンジョンに踏み込み、生身でモンスターを倒してしまう戦闘技能者。
その姿は、かつてダンジョン討伐の花形だった冒険者を彷彿とさせた。
しかし同業の迷宮採取人からの評価は、かなり低い。
昨今の迷宮採取人は、ダンジョン内に設置した装置でモンスターを一網打尽。
後は定まった手順通りの作業で処理してしまう、危険とは無縁の職業なのだ。
迷宮採取人に優れた戦闘技能などいらず、強力な武装など無用の長物。
それをわざわざ危険を冒してまでモンスターと戦うレイクは、変人扱いされた。
生まれる時代を間違えちゃった男と、彼に好意的な大人は同情さえしていた。
しばらく待っていると、立ち昇る赤黒い瘴気が止んだ。
魔素が分解した後には、萎れたモンスターの抜け殻が残る。
それが様々な用途に活用される素材、いわゆるドロップ品だ。
キラーヘンプの各部位は油や薬、肥料などに利用できる。
手足や胴体からは、縒り合せると上質の糸になる繊維が採れた。
ドロップ品は天然由来の素材より、はるかに高品質である。
どこの迷宮都市でも、ドロップ品が主要な産物となっていた。
サマンサお婆さんご要望の品を入手して、依頼は達成。
昔気質のレイクは、依頼以外の素材を通路脇に寄せて放置する。
根こそぎ持ち帰る迷宮採取人とは異なる、冒険者の古い流儀だ。
「さてと、帰ろうか」
ダンジョンでのソロ活動が多かったレイクは、ちょっと独り言が多い。
ドロップ品を収めたバックパックを背負い、肩を揺すって位置を直す。
その時、レイクは首筋に微かな風を感じた。
違和感を覚え、壁際に近寄って手のひらを這わせる。
でこぼこした乳白色の壁面を探っていると、ひび割れが指先に引っかかる。
その隙間から、微風が流れ出ていた。
レイクは両手を壁に押し当て、目を閉じて精神を集中した。
土属性の魔術の使い手である彼は、接触した物体の構造を感知できる。
レイクは壁の向こう側にある、細長い空間の存在を把握した。
体内魔力を旋回させて増幅、両手から解き放つ。
壁面が激しく振動して亀裂が走り、次の瞬間ガラガラと崩れ落ちた。
もうもうと舞う粉塵が晴れた後、隠された階段の入り口が姿を現した。
【未踏破区域】
ダンジョン探索中、稀に発見される前人未到の領域。
普通の迷宮採取人なら無視してしまうが、レイクは違う。
抑えようとしても興奮が高まり、ためらうことなく瓦礫を乗り越えた。
階段はらせん状でグルグルと下へと続いている。
壁は掘りぬいた岩がむき出しのまま、ダンジョンの侵食を受けている様子はない。
ここが普通の階段、通常の空間であるはずがなかった。
意識的に指向するまで、レイクが感知できなかったのである。
階段を下った先に何があるのか、深い霧のように曖昧模糊として捉えられない。
不安よりむしろ、初めてダンジョンに潜った時のようにレイクの胸が躍る。
延々と続く螺旋の階段を下り、感覚がマヒしはじめた頃。
ようやく終着点にたどり着いた。
レイクが一歩足を踏み入れると、周囲が仄かに赤い光に満たされた。
それに驚く間もなく、彼は目の前の光景に息を呑む。
精緻な彫刻で壁一面が飾られ、奥には祭壇を設えてある。
そこは小さな聖堂だった。
不信心なレイクでさえ厳かな気持ちになる、清浄な雰囲気が漂っている。
ダンジョンの分類に、寄生型というのがある。
人工の地下施設を乗っ取り、そのままダンジョンに作り替えてしまうのだ。
このダンジョンは、もともと何かの施設だったのだろう。
この聖堂には、ダンジョン独特の気配がない。
侵蝕される前に中枢部が破壊されたのか、特別な加護が施されているのかもしれない。
様々に推測しながら、レイクは奥にある祭壇に近寄った。
周囲の光を反射して、キラキラときらめくものがある。
それは色鮮やかに輝く宝玉だった。
光の加減で七色に彩りが変化し、その美しさにレイクはしばし魅入られる。
我に返ったレイクが、宝玉を掴みとった。
――ドロップ品ではない、本当に本物のお宝。
レイクは、地上まですっ飛んで戻った。
村中走り回ってサマンサお婆さんを発見、ドロップ品の繊維を押し付ける。
そのまま家に急いで帰ると、外した装備を床に投げだした。
興奮冷めやらぬまま、レイクはベッドに倒れ込む。
きらめく宝玉を飽きることなく見詰めている内に、寝入ってしまった。
◆
チクッと、首筋に痛みを覚えた。
夢うつつのまま手で押さえ、再び夢の世界へと。
しばらくしてから、ミイミイという甲高い鳴き声で目が覚めた。
猫が家に紛れ込んだのかと、寝ぼけた頭で考える。
のどかすぎる村の暮らしに馴れ、最近では戸締りもろくにしていない。
締め忘れた窓から、猫が入り込んだのか。
しかし、鳴き声がやけに近くに聞こえることに、レイクは不審に思う。
ミイミイと、次第に調子が高まる鳴き声。
――枕元だ!
ガバッと跳ね起きたレイクが見詰める先に、それはいた。
猫ではなかった。ヘビである。
「うわ!?」
飛び退いたレイクが、ベッドから転げ落ちた。
それはそうだろう。誰だって枕元にヘビがいれば驚く。
「なんだこいつっ!」
「ミイッ!」
レイクはヘビを退治しようと、あたふたと剣を探し回る。
枕に乗ったヘビは、鎌首をもたげてミイミイと鳴き続けた。
ようやく頭がはっきりしたレイクは、ふと疑念がわく。
(ヘビって、鳴いたっけ?)
迷宮都市という都会育ちの彼は、野生動物に関して全くの無知である。
彼はこわごわとベッドに近付き、その生き物を観察した。
人差し指三本分ぐらいだろうか。桜色の鱗に覆われた、細長い胴体。
頭部は丸っこく、小さくつぶらな目をパチパチと瞬かせている。
彼の知るヘビ型のモンスターと比べると、ずいぶんと愛嬌のある顔だ。
レイクが覗き込むとヘビも見返し、ミーと鳴いた。
威嚇している雰囲気ではない。
どちらかといえば甘えている感じだ。
しかしレイクは、そんなことに気付く余裕はなかった。
ヘビの周りに、きらきらと光る破片を見つけたからだ。
レイクがそっと手を伸ばすと、ヘビはするすると這い寄ってくる。
それを避けて破片を摘まむと、まじまじと見詰めた。
「ちくしょうっ!」
思わず悪態をつくと、ヘビはミーと悲鳴をあげて枕の下に逃げ込んだ。
どういうことなのか、一目瞭然である。
(…………ヘビの卵だったのか)
レイクは宝玉の正体を悟ると、がっくりと肩を落とした。