『トラックに轢かれ異世界に行った少年』
目を覚ますと、僕は真っ白な世界にいた。
「お前は手違いで死んだのじゃ。異世界に転移させてやるから次はそこで生きるがよい。間違えて死なせたお詫びにチート能力をやろう!」
目の前の老人がそう告げる。
あれ、僕はどうなったんだっけ……?
記憶がおぼろげながら蘇ってくる。そうだ、僕は道を歩いていてトラックに轢かれたのだ。
読んだことのあるライトノベルのワンシーンが頭に浮かぶ。
間違いない。僕はチート能力を貰って異世界に転移しようとしているんだ!
◆
僕が送られた先は中世の雰囲気を持った異世界だった。よくプレイするRPGと似たような世界で馴染みやすかったし、言葉も日本語が通じたので問題はなかった。それに魔法やドラゴンも存在した。まさに異世界にきたのだ!と胸がワクワクした。
僕が貰ったチート能力は『レベル999』というシンプルだが強力なもの。
手始めに、魔物に襲われている村人を助けたところ、伝説の勇者の再来では、と持ち上げられた。
「勇者様、ぜひ世界を救ってください!」
そう言われたらその気になってくる。
僕はやれやれと口にしながらも内心ではやる気まんまんで魔王討伐の旅に繰り出した。
異世界に転移する前の僕の人生はけして良いとは言えないものだった。
成績が良いわけでもなく、運動もできない。クラスにも馴染めず、いつもひとりぼっちで過ごしていた。
休み時間にたわいもない話で盛り上がるクラスメイトを見ながら、鬱屈した感情を溜め込む毎日だった。
家に帰ってもする事は趣味のゲームくらい。親からはゲームばかりしないで勉強しなさいとよく言われたが、無視して部屋に引きこもってばかりいた。
いや、昔のことを思い出してもしょうがない。
今の僕はこの世界でレベル999の勇者なのだ!
魔王を倒すまでの道中で様々なモンスターと遭遇した。しかしレベル999の僕からしたら片手で倒せるほどの敵ばかりでまったく苦労はしなかった。
さらに旅の途中で可愛い魔法使いやツンデレの武道家、清楚系の僧侶も仲間になりまさにハーレム状態だった。そんな仲間とむふふな展開もあったりして……まさに薔薇色の旅立った。
「ここが魔王の本拠地……!!」
「ついにここまで来たわね」
「勇者様、頑張りましょう!」
僕たちは旅を続け、ついに魔王城へと辿り着いた。
この世界に来てからもう何年が経っただろう。ついに最後の戦いというわけだ。まあ、チート持ちの僕には余裕だけどね。ちょっとピンチを演出してから逆転して、仲間にまた凄いところでも見せ付けちゃおうかな。
そんな事を考えていると、ふっと目の前が暗くなった。
あれ?
突然真っ暗な空間に放り出され、僕は混乱する。
まさか、魔王の呪文か何かか!? いや、レベル999の僕なら幻惑呪文なんてすぐに見破ることができるはず。さあ、意識を集中してこの闇を突破して……。
そこで僕の意識は途絶えた。
◆
「本当に良かったんですか」
病院の一室で、医師らしき男性がそう語りかける。部屋にはベッドが置かれ、その上には様々な機械類に繋がれた一人の少年が横たわっている。傍には彼の両親が立っていた。
「ええ。これ以上生かしておくのも私たちのワガママですもの。この子だってこんな状態でずっと過ごすのは辛いはずです」
医師は神妙な面持ちで機械のモニターに目をやった。
さきほどまで動いていた心拍を示すモニターは、今はもうまったく動いていない。
この患者はトラックに轢かれて寝たきりになった高校生だ。
脳波はあるものの、感覚器官は完全に麻痺していてこちらからの呼びかけには全く応じない。その状態のまま目覚めることなく数年間が経過していた。
「今回、安楽死という決断をされたのは大変辛かったでしょう。でもきっとお子さんも恨んだりはしませんよ」
「そうだと良いんですけど……。寝たきりの間、あの子は一体何を思っていたんでしょうか」
母親はまだ胸を痛めているようだ。
医師はそれを慰めるように言った。
「そうですね。脳波をチェックしていたんですが、ずっと快楽物質が多量に出ていたみたいでしたよ。きっと趣味のゲームでもしている夢を見ていたんじゃないんですかね」
寝たきりの数年間、息子が悪夢を見ていたわけではないことを知り、両親は少し微笑んだ。