逃亡 第五話
為信率いる津軽軍は亥の刻(午後十時)より少し前あたりであろうか、安東の残党狩りを兼ねて六羽川を南下し、最終的に多田秀綱のいる三々目内館に入った。
為信は隣に多田玄蕃を連れて館の門をくぐる。玄蕃はすでに心を隠すような所はなくなり、今やすっかり疲れ果ててしまったようで、若いというのに歩くのもやっとのようだ。それでも父に再会を果たして、感無量のように見受けられた。しかしこれが最後だということは為信も、他の家来衆も口を避けても言えない。すでに誰もが悟っていた……秀綱が裏で仕組んだことを。誰かが戦さの責任を取らないと収まりが付かぬのだ。
もの静かに、廊下の脇に灯が光る辺りで、為信は秀綱に対して命じたのだ。
「多田殿。あなたはこれより私と共に堀越城へ参られよ。そこで膳を用意させます。」
秀綱の方でも意味を悟ったようで……静かに頷くしかできない。為信は逆らう様子がないことを見定めて……次の言葉を伝えた。
「安心なされよ。多田殿がいなくなった後の館には玄蕃殿がいればよろしい。津軽には人が少なくなってしまった故に……代わりの者がおらぬのだ。」
大甘だぞ。他の者は文句を言うだろうが……なぜ多田を潰さぬかと。だが津軽の内側で争っている暇はない。為信の心の内ではこのように思っていたことだろう。今は早く事を鎮めるのが急務である。
そして裁定を伝え終わった後。為信はふらりと一人で誰にも気づかれないように……山の中へ姿を消す。するとブナの生い茂る中、向こう側の木の蔭より密使が参上した。彼は崩れた身なりで、誰もが見向きをしないだろう恰好をしている。薄汚いというか泥まみれという訳ではないが、誰も関わりたくないような……だからこそ津軽の大地を駆け巡るのには好都合なのだ。為信は周りに誰もいないことを確かめるなり……。
密使に忠告するのだ。
「この話を決して漏らすな。」
密使の方でも静かに頷き、すぐさまその場から姿を消した。
これより津軽氏は大浦氏に戻り、すべての戦さは終わる。




