逃亡 第二話
そのうち東側より鬨の声が上がったような気がした。空耳かとも思えたが何やら不安な感じもする。カラス共があちら側より大勢飛んできて……あれはねぐらに帰るのではない、休む所を失って逃げてきたのだ。後を追うように小鳥なども騒がしく鳴き、何かが起きていることは確かな様である。ならばとこの障壁の一切ない平野である。遠くを見れば……目の肥えている者であれば1㎞少し先でしかないので細かな人の動きをも判るのではないか。所々の林に隠されはするものの、何やら激しいことが起きているか。物音も次第に激しくなっていくし……確かあちらは比山らが津軽軍と戦っていた場所ではないか。目が悪い者でも大きな大雑把な動揺というものは判るし、今となっては誰もが起きている事態を想像できた。最悪を考えれば……滝本はあることを恐れた。為信が生きており、油断しているであろう安東軍を急襲したのではないか。小勢といえども為信であればあり得ること。勝つ見込みがあってのことか、あちらには沼田という凄腕が仕えているから十分考えられる。
では比山らを援けに行くか……滝本はひとまず周りを囲む兵らを見回しててみた。誰もが心を乱し、為信を討ち漏らしてしまった焦りもさることながら、こちらも津軽の兵に殺られてしまうのではないかと無用なことまで口走っている。
そんなはずはあるまいて、我らは何ヶ月も鍛えぬいた屈強の兵らぞ。それに先ほどの知らせでは安東愛季様率いる本軍はいよいよ津軽へ乗り込むと聞いたぞ。負けることはまずない。
だが一方で滝本の頭に悪い考えがよぎった。このまま比山らを援けても感謝されるだろうか。結果として為信を殺したという嘘の知らせを流してしまったし、何よりもいずれは津軽を治めるときに彼らと権勢を競うことになる。ここは兵も浮ついているので、一旦は三々目内へ引き下がることにしよう。




