不制于天地人 第三話
床几椅子に座り真新しい軍配を見つめていると、本陣を囲む白布の向こうより一人の将兵が入ってきた。八木橋である……。
「もし、よろしければお時間を。」
さも言いにくそうな感じを受ける。為信には妨げる理由もないし、戦さに関わることなら遠慮なく申せと八木橋に言い渡した。このたびは沼田がいない代わりに、八木橋が傍付の役目である。
「……死体を暴くと、様々なものが出て参ります。此度も沖館で死んでいた敵兵を調べましたところ、この様なものが見つかりました。」
懐より出したのは、破れかかった紙切れ。墨でなにやら文字が書かれているようだが……為信も読んでみる。すると、
“上浦三々目内村、木田久兵衛。戦ニ際シ祈願ス。八十万神並ビニ上浦八幡。我ニ恵ミヲ与エ賜ヘ”
よくある願掛けではないか。戦の前ならば手柄を立てるため、または生きて帰れるためにこのような紙を懐に入れてお守り代わりとする。誰でもしていそうなことだが。為信は顔を下より八木橋の方へ戻す。すると八木橋は何かつっかえる物があるのだろうが、それでもこのことは伝えざるを得ない。
「大鰐辺りの土民が安東方に与してしまっていることはさも不思議ではございません。しかしながらこの木田という男……念のため調べましたところ、多田秀綱の妹婿だそうで。」
もう後を言わせなくても為信にはわかった。それでも八木橋に続けさせてみる。彼がどんなに青ざめていても。
「三々目内と書かれておりましたのでもしやと調べましたが……多田は実のところ、我らを裏切ったのかもしれません。」
戸惑う八木橋に対し、為信は言った。
「それは“かも”ではない。裏切ったのだ。」
……となると、息子の玄蕃がいる水木御所も怪しいものと化す。




