流転 第五話
高畠館を奪い、さあ次はどうしようかと考える北畠勢であったが……敵方の同志である水木御所からの勧めに応じ、夜のうちに高畑館より抜け出して後方にある乳井茶臼館へ引き上げることにした。そのあとで水木御所の軍勢が高畑館に入り、北畠が相争う事態は回避される……両軍をぶつけようとしたのは偶然か、それとも全てを知ったうえでのことか。そんなことはわからぬ。だが置かれてしまっている悪しき現状。安東本軍が参らぬだと。そのようなことはあってはならぬし……来る前提で我らは津軽平野の奥地へとどんどん攻め入ってしまっている。しかも敵方の本拠地は放置したまま……。
そのころ沖舘を囲んでいた滝本ら安東軍。夜襲などという大それたことを敵兵が吹っ掛けてきたので、ならばとムキになって仕返ししてやろうと鉄砲をぶっ放し、わざわざ今戦わなくても落ちる拠点であるのに……攻勢をかけてしまった。引きずられるように大将の比山や目付の浅利らも加わざるを得なくなり、全軍総出での攻撃である。
そんな時、高畠館を落とした北畠勢がなぜか館を捨てて乳井茶臼館へ引き上げてしまったと知らされた。滝本は“何を考えているのだと”訝しみ、もしやと思い周辺へ物見を送ったところ……敵方の援軍がこちらへと迫っていることが分かった。さらに遅れて入った知らせでは、森山松伝寺が奪い返されたという。まさか……確かにそこを抑える兵数は少ないが、それはいずれ安東本軍が入るだろうことを見越してのこと。
“誤った”
滝本は猛省した。なぜこれほど前に甘い判断をしてしまったのだろうか。いや……しかし判断を下したのは大将の比山だ。後で合ったら責を問うとして……惜しいが撤退だ。唇をかみ、歯ぎしりもして……地団駄も踏んだ。もう少しで沖舘を落とせたものを……悔しい。途轍もなく悔しい。
我らも今すぐ後ろへと下がろうか……それも癪だな。一度広げてしまった勢力圏を萎めてしまうのは士気にもかかわる。そこで比山らには後方に下がるよう勧めておいて、自らは至る所に兵らを潜めておいて、向かってきた敵に対して意表を喰らわせてやろうと考えた。
旧暦七月六日。こうして沖舘に津軽軍が入り、高畑館を水木御所の軍勢が無血の内に取り戻した。また森山松伝寺にも津軽軍が入った。そして安東軍どが大館山山麓の福王寺を中心とした拠点へ立て籠ったと聞いたので、さっそく奪還しようと駒を進める。しかし滝本の企みにより通り道沿いの民家や川沿いの藪などより鉄砲や弓矢で射かけられ、まさにゲリラ戦の態を示した。それでもと山麓際まで兵を動かせたが、今度は砦とは違う方向から弓矢が飛んできたり、今度は後ろ側から夜襲を受けたりと危なっかしい。
……それでもだいぶ退治して落ち着いたかに見えたので、旧暦七月七日に津軽為信率いる本軍が出陣となった。翌七月八日未明、大館山北部の貴峰院観音堂を押さえていた幾ばくかの安東軍も攻め立てられ、あえなく奪い返されて後方へと下がった。こうして安東軍のほとんどが福王寺ならびに乳井茶臼館と薬師堂の連なる拠点にて籠るに至る。




