受難 第五話
夕暮れ時だろうか、空は末恐ろしい音を立て、遠くの山より雷鳴が近づき始める。畳床机と呼ばれる椅子に座る諸将らは、中心に座す滝本の顔を窺い始める。隣にいる北畠顕氏は滝本の方へ振り向きはしないものの、皆と想いは同じである。
……多くの者がソワソワするので、滝本もいい加減に気が付く。しかし彼はこういった。
「これしきことでやめては、強くなることはできぬ。……続けよ。」
いつしか上空は黒一色で、雨が激しく降りたて始めた。音で誰が叫ぼうが聞こえぬ。さすがにやめるべきだと滝本以外の全員が考えたことだろう。しかし……
「予定通り、酉の刻(午後六時)が過ぎるまで続けさせよ。」
滝本の元からの家来衆は思考回路が似ている者ばかりなので、だまって雨風を頭から受けている。屈強な武士の集まりだ。しかし浪岡衆はというと、何がうれしくてこのような仕打ちを受けねばならぬ。御所号の顕氏も口には出せぬものの、目をつむってひたすらこらえている。……烏帽子は次第に形を失い、みすぼらしい一物へと変わった。
すると槍を持って走っている者らの一人がバタリと倒れた。遠くながらはっきりと皆の目にうつった。……滝本は横に繋がれていた駿馬に跨り、血相を変えて彼の元へ駆ける。……相手は年寄りで、もう体力の限界だったようだ。再び立ち上がろうとはせず、横向きに体を地べたにつけたまま。だが滝本はこう罵った。
「このように無様なままでは浪岡を取り戻せぬぞ。気合をいれろ、気合を。」
そう言うなり、鞘のついたままの腰刀で相手の肩を叩いた。……年寄りはうなだれて、気を失う。もちろん他の浪岡衆も見ていた。しかし誰も彼を助けることはできない。……悪夢が過ぎ去るのを待つだけ。