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津軽藩起始 六羽川編 (1578-1580)  作者: かんから
第六章 津軽為信、出陣する 天正七年(1579)旧暦七月七日
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遠謀 第三話


「私は羽黒山(はぐろやま)と接触を持ち、酒田(さかた)大宝寺(だいほうじ)()は羽黒山の別当でもらせられるので……しかも安東氏と敵対している。申しつけ通り、大宝寺氏をけしかけましてございます。」





 あのあたりの事情は大変錯綜している。従来大宝寺氏は上杉に従属していたが状況が変わってきた。前年の天正六年(1578)に御館(おたて)の乱が発生し、これは上杉謙信が急死したことにより起きた家督争いである。これにより大宝寺氏は上杉の支援を得ることができなくなったが、逆に言えば近くにあったはずの強大な権力が辺りを監視している余裕がなくなった。大宝寺氏の勢力拡大のチャンスである。そんな中で北に位置する安東氏が津軽を取り込んで大勢力化してしまうことはいただけない。ここで津軽氏と大宝寺氏の利害が一致したのだ。安東の戦いに手出しするなと織田の御触書があったものの……建前はいまだ上杉の配下なので関係ない。大宝寺氏は……威圧のため北へ兵を送る。


 乳井(にゅうい)は……津軽より逃げた際に羽黒山に長く住んだことがある。その縁が今生きた形となった。


「これで安東本軍の千五百は津軽へ入らない……いずれ大館(おおだて)扇田(おうぎだ)(じょう)から引き揚げることでしょう。それを知らないままであの滝本たきもとがいる先遣隊は津軽平野の奥地へとどんどん攻めかかっております。後ろから本軍がやってこない以上……袋の鼠。」


 周りを囲む諸将は“勝てるぞ、勝てるぞ”と連呼し、各々立ち上がったまま互いに拳をつきあったり抱きしめあったりと嬉しさを体で表した。しかしそんな中でも冷静なのが数人いる。沼田(ぬまた)は黙って胡坐あぐらをかいたまま目をつむって立ち上がろうとしないし、八木橋(やぎはし)は……恐る恐る乳井に問うた。



「それで……乳井殿はすでに知っているのですか。」


 すると乳井はゆっくりと深くうなずいて、……男ながら一筋の涙を流した。己がいない間に(あるじ)のいない寺は落とされた。(ふく)王寺(おうじ)の仲間らは無残に殺された。決して忘れることなどできぬ。おおっぴらにこそしないが、小刻みに体が震えており、必死に心の内を抑えているようである。


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