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津軽藩起始 六羽川編 (1578-1580)  作者: かんから
第六章 津軽為信、出陣する 天正七年(1579)旧暦七月七日
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遠謀 第二話



 旧暦七月四日。小雨がちの日であったという。いよいよ安東軍は堀越(ほりこし)の東側に広がる大館山(おおだてやま)を抑え、北へコマを進めた。二手に分かれ、(おき)(だて)へは大将の比山(ひやま)ならびに浅利(あさり)滝本(たきもと)、の千二百。高畑(たかはた)館へは北畠きたばたけ勢五百が進撃。大鰐おおわにの土民らも併せて兵数が膨れあっており、勢いは完全に安東方にあった。


 津軽軍本営の置かれている堀越城の為信。諸将らにすぐにでも援軍を出すべきだと訴えられるが、断固として動かない。しかしこのままでは城や砦が次々と落とされていくのみ……。カッとなりやすい者らはいきり立ち、今にでも勝手に援けに行こうと立ち上がろうとするも、周りの者に何とかこらえよと再び座らされるのだ。

 確かにこのまま知らせが来ぬままでは……と為信も思い、それではと明日の朝を持っての出撃を森岡(もりおか)板垣(いたがき)に命じた。こうなると武者震いする者、変に声を張り上げて気を絶たせる者、むやみやたらに刀を振り回して威勢をあげる者など各々が出陣するにあたりそれぞれの方法で気持ちを整え始める。



 そのような最中(さなか)、待ち望むべく人が帰ってきた。乳井(にゅうい)(たけ)(きよ)、津軽家臣にして乳井(にゅうい)(ふく)王寺(おうじ)の住職である。僧兵を率いるリーダーとして大活躍するのだが、あまり裏の働きは知られていない。


「ただいま出羽国(でわのくに)羽黒山(はぐろやま)より戻りましてございます。」



 大広間にて甲冑を身に着けた家臣団に囲まれたまま、上座の為信に向けて事の次第を伝える。






安東(あんどう)(ちか)(すえ)、元々は自ら津軽へ攻め入る由でございましたが、この度はやって参りません。」




 それは(まこと)かと諸将らは思わず立ってしまう。(きた)る先は死しか無いものと諦めていたが……もしや勝てるのではないかと一筋の光明こうみょうが差し始めた。誰もが表情を明るくさせ、期待の目で乳井を見つめる。


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