虐殺 第五話
蔵舘の兵は死兵である。
助けにやってくる者はなく、ただ敵兵に囲まれて死にゆくだけ。もし生きたいならば、千五百の敵兵を三百で滅ぼさなければならない。それができないとしても一人でも多くを道連れに……とは思うものの、目の前の土堀を乗り越えて攻め寄せる安東軍も相当な強さ。それもそのはず、特に滝本の率いる手勢は故郷の土地を捨て秋田にて調練に励んだもの等である。為信に奪われた所領を取り戻すため、すべての時間を滝本に捧げ、滝本もそれにこたえて徹底的に鍛えさせた。蔵舘の兵のように片手間で農業をやっているのとは違う、質がまったく異なるものだ。だからこそいくら蔵舘の兵が死兵となり奮起しようが、滝本の兵の前では斬られていくだけである。
蔵舘の兵が弓を引いて30m飛ばすところを滝本らは40mも飛ばすし、槍や刀の腕前だって速さが断然違う。滝本勢は尾根筋の東門に迫ったので、守る兵らは慌てて門に鍵をかけようとした。だが滝本勢はそんな暇も与えずに門番を斬り殺し、館内へと一気になだれ込むのだ。
他の場所でもこの動揺は伝わり、外側に詰めていた安東方の比山勢と浅利勢、そして後ろにいた北畠勢も一気に蔵舘へと攻め寄せた。傾斜のある丘陵を駆け上がるのだが、今度はまったく矢が降りかかってこない。難なく塀の袂まで身を近づけ、塀をよじ登って館のテリトリーへと突入する。あとはバッサバッサと切り殺していくだけ。
……今更降伏など受けつけぬ。これは為信に対しての模擬戦である。二度と息を吹き返さぬように手を打たねばならない。どんなに女や子供が泣こうとも、年寄りが苦しそうでもその場にいる限りは“敵”でしかない。“敵”になりたくなければ籠らなければよい。阿鼻叫喚の至る所、安東軍の兵らの鎧は赤く染められてゆき、いつしか雨が降り始めるとその穢れこそ取れるが、今度は何もなかった地面が染められていく。どこへ逃げようが隠れようが、見つけ出し心の音を止める。生かせば女は恨み言を語り継ぐし、子供はその言葉を聞いて育てられる。ならば皮肉な連鎖をここで断ち切るしかあるまい。館の奥でうずくまっておびえている彼女らを……滝本は容赦なく殺した。滝本に従う兵らも……己らの目的を果たすため本心を押し殺して刀を刺す。
こうして蔵舘に籠る三百の兵や他も含めて、すべて滅ぼされた。
これより安東軍は目の前に広がる津軽平野へと侵攻していくのだが、どの資料にもこれより先のことは書かれていても、矢立峠から大鰐地域へ至るまでの記載がすっぽり抜けている。これはおそらく全体を通して水木御所とそれに連なる北畠勢の記載も薄いものにしている中、ここの箇所を語ると多田氏の内通の話など北畠側の話が色濃く出てしまうので意図的に消したからかもしれない。津軽の話は”為信本位”でなくてはならない。
この悲劇は、あくまで多田氏が内通したことにより起こりえたであろう想像の話である。




