多田の思惑 第五話
多田は泣き面で感情のすべてを表に出して、石堂の体を懸命に揺さぶるのだ。すると部屋に置く皿上のロウソクは思わず落ちてしまう。慌てて家来衆が板間に燃え広がらぬように素手で拾い上げる。とても熱いが……館に燃え広がるよりかはましだ。
「このたび我ら多田は、難しい決断をした。石堂殿、わかっていてほしい。」
ほぼ完全なる暗闇であるので、相手の表情はわからぬ。しかし想像は十分につく。
「わかっている。安東の兵を水木様の兵にぶつけぬことだな。」
多田はいっそうのこと、石堂の体を前後に強く揺さぶった。
「本当か、本当なのか。」
「ああ、本当だ。」
「水木様の袂に私の息子である玄蕃もいる。私は安東に、玄蕃は為信に付く羽目になった。間違っても水木に矢の一本も放ってくれぬな。」
多田は津軽より安東へと裏切る。これに間違いはない。ただし条件は演技つきである。あからさまに寝返ってしまうと息子の玄蕃の立場を悪くする。津軽諸氏の陣中にいるのだから、父親が寝返ったとなると当然ながら疑いの目で見られる。これは水木御所全体にもいえることで、代表的な北畠系の一家が裏切るのだから、水木全体で安東方へ通じているのではないかと勘繰られてしまう。すべての企みが水泡に帰す。
そしてもうひとつ、多田は石堂へ伏せていることがある。これはすでにありえないことだろうが……安東が為信に負けてしまった場合のことだ。その時は多田秀綱自らが自刃して……玄蕃は為信に忠誠を尽くしたわけだから多田家は生き残る。領地は減らされようが、家と家来らの居場所はある。
そこまで考えて……多田はさらに病む。もともと精神を患っていたのがさらに悪くなり、一応は石堂に対して平静を保って話しているつもりだが、やはり普通ではない。揺さぶる頻度が増えて、無理やり家来衆に引きはがされる始末。