久慈義勇軍 第三話
確かに南部は安東へ攻め込むことはできぬ。しかし津軽へ侵攻するのは好き勝手やっていいわけである。安東が南側から攻め入る以上、南部はぶつからぬように反対の北側から攻め込むのが上策。ただし南部と安東が津軽を思うがままに奪い取った後、直接対決はどちらも避けるだろうが。雌雄を決する必要はない。
あるいは“雌雄”を決することも考えに含むならば、先に津軽軍と争わせ相手方を徹底的に疲れさせる。その上で相手方を討てば津軽を総取りできる。さらには敵領まで奪うことができるか。
考えるほどにきりがない。とにかく、津軽家は南部と安東、この二つによって運命が握られている。こちらで切り開くことは叶わぬ。これほどまでに兵力差が開いている以上……誰も“負ける”などとは言わぬ。異様な緊張感と共に、無理やり気持ちを高揚させることでなんとかしようともがいている。これは為信も、他の家来衆も同じだった。
日は陰り、斜陽すら過ぎ去った。三方に開け放たれていた襖の向こうより、ただ寒いだけの風が流れ込んできた。それは無音で、あるのは肌にあたる感触だけだ。
一つ、誰かが言った。
「……襖を閉めましょう。それぞれの家屋敷へ。」
誰も頷きもしないが、それぞれ立ち上がり一室より離れようとする。……その時だった。急な知らせを持った家来が飛び込んできた。急ぎ東側の襖をあけ、注進する。顔は水まみれで……汗で衣装が湿っている。
「南方より、百名ほどの武者の一団がこちら津軽の領内へ向かっているとの由。」
もう安東が動いたのか。田植え前だというに……。その場にいる誰もが驚いたが、続けて家来が言うには
「いえ、来たる方は坂梨峠、南部でございます。津刈で申したには、なんでも久慈から参ったとか。殿の弟君で、久慈五郎為清と名乗ったと。殿……ご存じで。」




