避けるために 第五話
津軽家中には、商家の豊前屋を潰せとの意見がある。元々は鰺ヶ沢の商家長谷川の勢いを削ぐために招いたのがきっかけであった。当時大きいところの商家は長谷川しかなく、不当に値を釣り上げても誰も文句を言えない状況。しかもその裏には万次党と呼ばれる浮浪集団が存在し、積極的に他国者や不埒者を取り込んで勢力を拡大させていた。その勢いを削ぐために一定の役割を果たしたのが豊前屋であった。豊前屋の登場により二大商家は利を争わざるを得ない。次第に値は下がりゆき、民の暮らし向きも改善されたという。
ただし豊前屋の本店は秋田にあり、安東氏の意を大いに受けている。万次党も津軽家中に取り込めた今となっては、敵方安東の拠点がおひざ元にあるというのは至極危険なこと。最悪のことを考えれば、戦う前に大浦城が火の海になることだってある。兵らを密かに送り、手薄になった隙でも狙って放火しまくればいいのだから。
……かつて為信も似たような手を使ったことがある。浪岡攻略戦において商家長谷川と手を結び、あらかじめ浪岡へ進出させた。そこを津軽家の拠点として大いに利用し、賭け事にはまった亡き御所号北畠顕村を捕えたのはかの屋敷だった。
だからこそ豊前屋を潰せという。同じことをされてはかなわぬ。
だが、為信は強く拒否した。
“我ら津軽家が滅び去ろうとも、民草はそのまま同じ場所に残る。豊前屋を潰してしまえば商家長谷川は昔のように値を釣り上げて、民の暮らし向きを圧迫するだろう。ならばと別の大きな商家を求めて、例えば油川から招くなど論外だ。
……もちろん、こちら側の話が筒抜けにならぬよう、堀越に本営を移そうと思う。攻めてくるとしたらそちら側だろうし、ならば急いで改修しなければならぬ。




