トサームを求め 第一話
その日は快晴であった。夜の吹雪はなりをひそめ、白のみで構成されていた外界はさまざまな色で彩られている。鮮やかな青い海の色、そこに浮かぶ無数ある船の、難しい言葉でいうなら一番近いのは萱草色か、あの材木になりたての新鮮な色よりは少し外気に染まってしまったような感じ。あとは土塀の白色、金毘羅様の赤鳥居など輝きを増す。
安東愛季、”いよいよ参ったか”と後ろに家来衆を従えて城内の廊下を練り歩く。横の小窓より差し込む日の光は明るく、望みが達せられうる予感を匂わせた。この脇本、秋田や野代も町衆は盛んで極め、商いへの欲を隠さずに出す。港は大船小船の出入り激しく、日ノ本随一の繁栄を謳歌していた。これは愛季が設けた鋤簾衆による湾口の整備はもちろんのこと、武力と資金力を背景として周辺豪族を実質的に従属させることに成功していたことによる。
……“さて、次はトサームよ”と心の中で愛季は唱えるのだ。“トサーム”とはアイヌ語で“静かな湖のほとり”。十三湊の語源だ。はるか昔、安東氏は十三湊を拠点として北奥に大勢力を誇っていた。それが南部氏に追い出され蝦夷地へと逃げるに至る。その後なんとか秋田にて勢力を回復し、……今こそ十三湊ひいては津軽の地を取り戻すチャンスである。今や十三湊はかつての名前“トサーム”の如く“静かな湖のほとり”に落ちつぶれた。なんとかして往時の栄えをもたらすのが私の使命。もちろんすでに大義と名分はある。津軽為信によって追い出された浪岡北畠の残党はこちら秋田側へと逃れ、助けを求めてきた。なによりかわいそうなわが娘。子を連れて服などぼろぼろで戻ってきたことは今でも思い出せる。……かつての同盟者ではあるが、もう許せぬ。為信は周りに味方がいないので、攻め込めば確実に勝てる。……だがわが方で兵を動かせば、周りの勢力がその隙をついて自領へ攻め込んでくるやも。
そこで、本日の時を待ち望んできたのだ。




