町衆の勝利 第五話
油川の正月は十一日目で終わる。
その日は天正七年、旧暦一月十一日。船霊祭といい、船の多く集まる油川湊であるので航海の安全を祈願する。この時を以て日常へと戻る。
早朝より船頭は家々を廻り、“モロモロ(=諸々のこと、いかがですか?)″と呼びつけ、家の内側から”ドーレ(=どれどれ、いらっしゃい。)“と言って彼らを招き入れて酒などを振る舞う。しかしこの年はこれだけで終わらなかった。船頭のみならず、商人らや門徒宗(本願寺派)の僧侶など最低でも百人を超す。お祭り気分で参加した外地の者もいたので千に迫る群衆だったかもしれない。その人の群れは油川の一箇所を目指した。油川町の中心、そこは熊野宮……。滝本重行の屯所である。
町衆は”モロモロ“と外側から大声で叫び、至極一方的なものであった。中の者が酒を振る舞うはずはないし、しかも滝本に従う家来衆は少なく二十名ほどしかいない。壁越しに周りを見てみると弓槍鉄砲とさまざまな武器を持つ者らが大勢見える。目を逸らそうと上を眺めると……からりと晴れた空であったという。雲は遠く北の方に映るが、こちらへは確実に流れてこない。風向きが違うから……ただ、そんなことを考えている暇はない。いや、わざと考えることで現実逃避する。しかし思わず考えることをやめると、代わりに恨みや憎しみが湧いてくる。せっかく教え導こうとしているのに……浪岡を取り戻してやるために調練をすれば逃げていくし、油川の町衆はそれ以前に拒否した。何かいけないことでもしたか……思い浮かばぬ。
……その混乱は三刻も続き、人の群れは勢いを増し続ける。ただただ熊野宮を囲むだけであるが、滝本にしてみれば物凄い恐怖。すると……人波を押しのけて南部の二羽鶴の旗がこちらへ近づいてきた。町衆に止める様子はない。誰だろうと思い門の近くで構えると、騎より下りたのは奥瀬善九郎だった。彼は滝本を乗ってきた馬に跨るように促した。丁寧に手招きし、滝本が対面すると、落ち着いてこのように告げた。
「すでに収まりはしませぬ。このままでは……滝本殿は民に殺られる。しかし滝本殿の心持、私もわかっております。」
”それで……どうしろと”
「はい。ひとまずは私の遠縁がおります田名部へお逃げください。……落ち着けばいずれ、外ヶ浜へ戻ることもできましょう。」
湊で構える船に乗るため、滝本は馬を進める。まっすぐ前の方を見ているが、横へ目を向けると……町衆は己に向けて睨んでいたり、嘲笑ったり。耳には容赦なく笑い声が入ってくる。失意のうちに……用意された船にのり、彼は外ヶ浜の油川湊より追い出された。
これぞ、町衆の勝利である。




