町衆の勝利 第四話
奥瀬善九郎、妹の暴言を聞き甚だ怒り狂う。いままで己が続けてきた苦労を一切ないことにさせられた。どうにかして滝本を抑えようと説得したり、町衆を鎮めようとなだめてみたり。その努力をまさかの妹が無駄にした。扇動した。それでも奥瀬は……なんとか高まる鼓動を抑え、頭にくることやまやまだが……口の片方がいびつに曲がりつつも……教え諭すように妹へ話し出す。
「お前な……何のために円明寺に入れたと思っている。菩堤のある浄満寺ならばなんとか抑えがきくから良いが、だからこそ円明寺にいれたのだぞ。それをだな……自ら盛り上げてどうする。」
妙誓尼は反発した。
「かといって町衆の感じているところは真です。無理やり押さえつけて何が変わるというのですか。」
淀みなく応える様に奥瀬は我慢ならぬ。啖呵がうまく、歯切れがよい。この力で人々は魅了される。それは兄であるので重々承知している。しかしながら……己の意に反するところになれば、これほど気に障るものはない。殴りかかりたい。そこにある火鉢の棒で殴ってやろうか。沸点は暴発する寸前まで上がっていく……隣で静かに座す小野善右衛門も恐れおののき、少しだけ後ろに下がった。
しかし妹は……妙誓は、引き下がらぬ。堂々と兄に対峙したまま。
…………………………
……すると、何か弾ける音がした。奥瀬の中で何かが変わった。怒りがこらえきれなくなったわけではない。……それは、まさかの手段である。
奥瀬は急に静かになり、怒りの表情はなくなった。その代わりに……すべてを悟ったような目つきに変わる。何か憑物がおちたような、不思議な感じ。そして妹にこう言ったのだ。
「もっと焚き付けろ。」




