次の標的 第五話
小野善右衛門、これはまずいという考えに至った。町衆にこのまま伝えてもいいのだが……十石で売って利益として二石儲けるところを、五石だと。何を言っているのだと。自分だってこの滝本の要求を受け入れるわけにはいかない。
一応は滝本も大光寺城代を務めていたこともあるので、武具が具体的にどれくらいの値段か把握しているだろう。だが滝本にしてみれば油川を守るというのは本当の話であるし、調練によって兵を鍛え、浪岡だけでなく津軽全体も制圧しようと本気で考えている。だからこそ格安で売れと。これはおぬしらの為である。しかし油川の町衆からしてみれば、戦事にさほど関心がない。八割方が外の人間であるので油川にさほどの愛着があるわけでなく、油川がつぶれたら他の商圏へ移ればいいだけの事。
それでも善右衛門は油川で生まれ育った身であるし、名前だって領主の奥瀬善九郎より“善”の字を戴いている。そこで善右衛門は夜中密かに油川城へ伺い、奥瀬へ事の次第を申し上げた。すると奥瀬はこう答えた。“これはあくまで滝本の独断で行っていることであり、私も手をこまねいてみている” 甚だ困った顔で善右衛門へ相談してしまう始末。善右衛門も悩んでしまい、奥瀬氏とは仲はいいし、きつく責め立てる気は起きぬ。しかし何とかしなければ商売が成り立たなくなってしまう。他の者へも何と説明しよう……。
善右衛門は何も収穫なく、城より自邸へと戻った。奥瀬も東門まで出て彼を見送りしたものの、これから起こるであろう事態をどうするべきか。結論が出せない。
滝本に誰かが”止めよ”と強くいえる者おらず、己の信ずるところの行動をやめようともしないし限り、町衆の不信感は増していく。善右衛門以外の商人も滝本から仕入れの話を打診され、“このようなことがあった” と隠すことなく明かした者もいた。彼らも同じように憤る。
油川は発火寸前である。
誰かが瓶を割れば、一気に燃え広がるだろう。




