嘗胆 第四話
「大浦と堀越を南部の直轄領とする。」
奥瀬は二人の顔を見た。為清はさすがに心内を隠しきれず、哀れなごとく今にも泣きそうだ。沼田は……何を考えているか全くわからぬ。そこでさらに次の言葉を吹っ掛けてみる。
「こちらには山崎という北畠遠縁の者がおっての……その者を新しき御所号に据える。そこでお主らの水木御所は無用だ。直ちに潰すがよい。」
わざと為清を睨んで……こやつなら最後には許しを請うために喚きながら額を地べたに付けるのではないかとも思った。沼田もさすがに顔を崩すだろう。そう考えて……二人を観察する。
為清はしばらく言葉を返せず、喜怒哀楽という心の機微はすべて失われ、これでは役目を果たせぬと絶望に落とされたかのよう。……だが何かの拍子に目の色が変わった。闇に落とされていたのが、目に光が入った。月明かりが彼めがけて差し込み、星々のすべてが彼を応援しているかのよう。そうであったので奥瀬は思わず笑ってしまった。さすがは為信の弟、運命は彼に味方している。そして口を開こうとするが、それをあえて奥瀬は止めた。
「まあまあ、そのような顔をなさるな。津軽のじょっぱりどもを我らとて治められるとは思わぬ。」
ここで沼田は平坦な口調で奥瀬へ問う。
「あなた様を見ている限りでは……殿は生きておいでですな。」
「さすがは為信の懐刀。我らが浪岡を囲んでいたせいで、六羽川の結末が入らなかったのだろう。そうだ、為信は生きている。戦に勝利して、安東の兵共は逃げ去ったぞ。」
沼田はその話しを聞いて、少しだけ……口の横を崩した。奥瀬もこれまで床几椅子に正しく座っていた身を崩して、片膝に片腕をあてて、片手で頬をつく。笑みを浮かべながら為清と沼田に対し“実務的”な交渉をしだした。