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喜劇2 まともな言動をしてくれ

 王城の一室で、エルマーは座り心地のよいソファーに腰かけ、いらいらと貧乏ゆすりをしていた。目の前のローテーブルには、かぐわしい香りのワインとチーズがある。

 エルマーは、最高のもてなしを受ける賓客(ひんきゃく)だった。扉が開くと、クンツが部屋に入ってくる。クンツは四十代前半で、賢王として国内外に知られている。口もとには優しげな微笑を浮かべ、緑色の目は若者のように輝いている。

 エルマーはソファーから立って、クンツを迎えた。が、不機嫌な顔を隠さなかった。クンツは楽しそうに笑う。

「国王の私に、なんと不遜(ふそん)な態度か。しかし許そう。君は私の友人で、私を玉座にのせたアウィス神の使者(フォーゲル)でもある」

 クンツはソファーに座り、エルマーにも座るように勧めた。エルマーは向かいのソファーに腰を降ろす。

「何の用ですか?」

 せっかちに問いかける。クンツはゆったりと笑った。

「最近、君と会っていないから、少し顔を見たくなってね。調子はどうかね?」

「悪いです」

 エルマーは断言した。あのリーディアが、王立学校に入学したのだ。昨日の朝、それを知ったエルマーは、すぐにライリーを自分の邸に閉じこめた。そしてリーディアを学校から追い出そうとしたが、かなわなかった。

「国民みなに学ぶ権利がある」

 王立学校の学校長はそう主張して、大金を積まれても、その信念を変えなかった。すばらしい教育者だが、エルマーには都合が悪かった。

 リーディアは、地方に住む豪農の娘だ。家の発展と自身の栄達のために、王都へやってきた。そして条件のいい結婚相手を探すために、学校に入学したのだ。もちろん勉学のためもあるが。

 エルマーは、リーディアの生き方や価値観は嫌いではない。むしろ現実的と思っている。しかしリーディアのせいで、ライリーの人生はくるった。なのでリーディアは嫌いだ。

 前回までリーディアは、王子のラルスをねらった。だが今回はどう動くのか。ラルスは今、落ちぶれた貴族の少年だ。エルマーにはリーディアの動きが読めず、不安だった。

「調子が悪い原因は、君の大切な婚約者かい?」

 クンツは心配そうに問いかけた。それからグラスを取り、ワインの香りを楽しむ。

「のみたまえ。君のために用意した最上級のものだ」

「ありがとうございます。ライリーが学校でどうしているのか、心配なだけです」

 エルマーは適当にワインを飲んだ。クンツがあきれたように、貴重なワインなのにとつぶやく。

「僕は今、切実に女性になりたいです。僕が女性だったとき、僕とライリーは学校でずっと一緒でした。親友だったので、トイレも一緒に行きました。あんなにも僕たちの心は近かったのに」

 エルマーは真剣だった。ところがクンツは苦笑して、エルマーから身を引いた。

「いい加減、ライリー嬢と結婚したらどうだね? 彼女はもう十六才だろう」

「なぜ僕とライリーが結婚するのですか?」

 エルマーはきょとんとした。クンツは困ったように笑って、チーズを一口食べる。

「婚約したら、次は結婚するものだよ」

 優しく教えさとすように言う。

「そうですか」

 エルマーはため息をついて、暗くうつむいた。エルマーにとって婚約とは、常に裏切られるものだった。

 商家に生まれたエルマーは、いかにしてライリーを守るか思考をめぐらせた。そしてラルスの権力の源である、国王オーラフを失脚させようと決めた。エルマーはまだ六才だったが、クンツを探し出し、彼に王位につくように頼んだ。

「僕はフォーゲル家の長男だった、騎士だった、吟遊詩人だった。この国のこの時代に関する情報は、たっぷりある」

 クンツは、なんでも知っているエルマーに驚き、恐れを抱いた。しかし彼はエルマーの知識をうまく活用した。そして二年後、オーラフを追い落とした。いや、もともとオーラフの治世は、限界に来ていたのだ。

 血縁や友人ばかりを優遇して、不公平な政治がおこなわれていた。わいろも多く、その悪事を隠すことさえしなかった。罪を着せられて殺された者もいた。ライリーもそのひとりだったのだろう。

 オーラフに不満を持つもの、恨みを持つものは多かった。だからエルマーが何もしなくても、オーラフの治世は終わっただろう。エルマーは時計の針をはやめただけだった。

「そんなことよりも、なぜオーラフと一緒に、ラルスも殺さなかったのですか?」

 エルマーは顔を上げて、クンツに文句を言う。クンツは頭を抱えた。

「君は本当にオーラフ前国王に、強い恨みがあるのだね。オーラフを失脚させた君の暗躍ぶりはすごかった。しかし当時三才の子どもを、処刑できるわけがないだろう?」

 国を乱した責任を取り、オーラフは処刑された。側近の大臣たちもだ。しかしラルスはまだ子どもだった。なので王位継承権はく奪の上、エーデン子爵家に養子として出された。

「クンツ陛下は甘すぎます。エーデン子爵は、ラルスとライリーの婚約を画策したのですよ」

 エルマーはクンツを責める。ふたりの付き合いは長い。親子のような仲でもあった。

 ラルスが権力を失い、エルマーは心穏やかに、遠くからライリーを見守って過ごした。そんなときエーデン子爵が、ラルスとライリーの婚約話を進めたのだ。エルマーは激怒し、すぐさまクンツに協力を仰いだ。

「婚約話はすぐに、なくなっただろう。チーズも食べたらどうかね? これも君のために、……まぁ、いいか」

 クンツはあきれたように肩をすくめる。しかしエルマーの心労は終わらなかった。今度は十二才になったライリーが、王立学校に入学したのだ。そして学校にはラルスが通っていた。

 ふたりが婚約するかもしれない、恋仲になるかもしれない。エルマーは心配のあまり半狂乱になった。前回も前々回も前前々回も、その前だってライリーは、十二才のときに婚約した。十二という数字は不吉すぎた。

 エルマーはラルス、――十三才の無力な少年の暗殺を決意した。だがクンツがあわてて、エルマーを止めた。

「君はライリー嬢と結婚したまえ。いや、彼女の年齢を考えると婚約か。君がまともに生きる、……あー、その、幸せになる道はそれしかない」

 クンツは、貴族と平民が結婚できるように法律を変えた。さらにライリーの父母に働きかけ、エルマーとの婚約を認めさせた。

「私が王位につけたのは、君のおかげだ。この婚約は、そのささやかなお礼だ」

 クンツはほほ笑み、エルマーは彼に心から感謝した。王国では重婚は許されない。だからこれで、ライリーとラルスの婚約は避けられる。しかしエルマーはまだ安心できなかった。なのでライリーの家に通い、彼女が道を踏み外さないように教育した。

「あとは、見てくれだけが美しいあの女さえ排除できれば……! あぁ、犬に戻りたい。いや、鳥だ。翼があれば、ライリーのもとへ飛んでいける」

 エルマーはチーズをこれまた適当に食べながら、苦悩する。ライリーの死亡につながるものは、すべて消したい。エルマーが持つ莫大な財産も国王とのつながりも、すべてそのためにある。クンツは、もうあきれ返っている。

「君は変わっている。私はいまだに君が理解できない」

 クンツはゆっくりとワインを飲みほした。酔っぱらったらしく、赤い顔でふーっと息を吐く。エルマーは酒に酔わないが、クンツは酒に弱い。

「しかし、翼があれば君のもとへ飛んでいけるのに、という表現はいい。よし、私の方からライリー嬢の父母に、結婚の準備を始めるように促そう」

 クンツはご機嫌な感じでほほ笑んだ。

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