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喜劇1 なんで私を閉じこめるの!?

「あの男はいったい何なのよ!?」

 ある邸のひと部屋に閉じこめられた少女、――ライリーは怒りのあまりさけんだ。十六才のライリーには婚約者がいる。婚約者がいることは、貴族の少女にはめずらしくない。だがライリーの婚約者は、相当に変わっていた。

「申し訳ございません。……その、お茶はいかがでしょうか?」

 ふたりの年若いメイドたちが、苦しげな愛想笑いを作る。テーブルの上には、異国のめずらしい菓子や緑色の茶(グリューン・テー)が並んでいる。このような状況でなかったら、とても楽しめただろう。

「もうお茶もお菓子もいらない。それよりも、あなたたちのあるじを呼んでちょうだい」

 ライリーはきっぱりと断った。メイドたちは申し訳なさそうに黙る。おそらくあるじは外出中なのだ。ライリーはため息をついて、いすに腰かけた。

「いつも思うけれど、あなたたちのあるじ、――エルマーは何を考えているの?」

 ライリーは困惑して、頭を抱える。エルマーは二十二才の青年だ。二十二才という若さにもかかわらず、この王都で一番の商人だ。彼の財力は王侯貴族をしのぎ、王国の経済を牛耳っているとまで言われている。

 そんなエルマーがライリーの前に現れたのは、ライリーが十二才のときだった。エルマーは突然、ライリーの家にやってきた。そしてライリーの父であるフォーゲル侯爵と話しあい、ライリーの婚約者となった。

 ただ婚約者と言っても、内実は口うるさい家庭教師だった。

「君のために本を買ってきた。次に会うときまでに読んでくれ」

 と、分厚い本をよこしてきた。外国語の辞書と本を渡されたこともある。またあるときは、

「思いやりのない言動はつつしみなさい。思いやりのない人のそばには、同じように思いやりのない人が集まる。それは君の人生にとって、よくないことだ」

 と、真剣に説教してきた。確かにそのとおりとライリーは思った。

「豪華なドレスで身を包むのもいい。けれど中身がなければ、ただのしゃべる人形だ」

 と、辛辣な口調で言ったこともあった。美しく着飾るのは、貴族の女性の仕事のようなものなのに。でも、そのとおりかもしれないとも思った。約十五年前に即位したクンツ国王により、この国の社会はどんどん形を変えていく。

 しかしエルマーは口うるさすぎる。ライリーは何度、

「うるさい! 私のことは放っておいてよ」

 と、さけんだか知れない。

 ライリーがいらいらと部屋の中を歩き回っていると、扉が開いてひとりの男が入ってきた。エルマー・シュヴァルツが帰ってきたのだ。

 エルマーは、濃いこげ茶色の瞳と黒の巻き毛を持つ青年だ。顔はほどほどによく、女性にもてる容姿をしている。なぜこんな小娘の婚約者をやっているのか、よく分からない。

 エルマーはあせった表情をしていたが、ライリーを見るとほっとした。

「エルマー、これはどういうことなの?」

 ライリーは怒ってさけんだ。しかしエルマーは、うれしそうに顔をほころばす。

「ライリー、今日も君が元気でうれしいよ。君のさけぶ声を聞くと安心する。君が生きていると実感できるんだ」

 彼は、いすにどっかりと腰かける。彼はライリーに怒られても、気分を害さない。それどころか喜んでいる。認めたくないが、特殊な性癖の持ち主かもしれない。ライリーの顔は引きつった。

 それはさておき、エルマーは疲れた様子だった。メイドたちがていねいに茶をカップに注ぐと、エルマーはすぐにそれを飲みほした。

「君たちもありがとう。もう下がっていい」

 にこりと笑って、メイドたちを退出させる。ライリーはエルマーの向かいに腰かけた。エルマーが疲れているので、ライリーは怒りつづけるのが難しい。しかしせいいっぱい彼をにらみつけた。

「なぜ私は学校に行けずに、あなたの邸に閉じこめられているの?」

 朝、馬車に乗り王立学校へ行こうとすると、エルマーが突然やってきた。彼は、学校に行かないでくれと必死に頼んできた。そしてライリーがうなずかないと、力づくでライリーを馬車に乗せ、自分の邸まで連れていったのだ。

 エルマーはライリーを邸の一室に閉じこめて、どこかへ行った。ライリーは本当に、わけが分からない。

 ライリーの質問に、エルマーはどう答えるべきか悩んでいた。やがて、ゆっくりと口を開く。まじめな表情で、

「僕は、君の犬だったときがある」

「ないわよ」

 意味不明なせりふにライリーはぞっとして、すぐに否定した。ライリーは犬を飼ったことがない。一度、なにか動物を飼いたいと父母に頼んだが、許可されなかった。エルマーはライリーの返答を聞いていないようだった。

「犬だったときのように、ずっと君のそばにいて君を守りたい。毎晩、君のベッドの下で寝ていたのに」

 エルマーは苦悩し、頭をかかえる。ライリーの口もとは引きつる。その手の変態発言はやめてほしい。エルマーは顔を上げ、苦しげに頼みこんできた。

「ライリー、王立学校をやめてくれないか?」

 ライリーは顔を思い切りしかめる。

「また、そのお願いなの? 私に学問を勧めるあなたが、なぜ退学を促すのか理解できない」

 ライリーの通っている王立学校は、王国で一番規模の大きい学校だ。学校の敷地内にある図書館も大きく、いろいろな本がそろっている。ライリーのお気に入りの場所だ。

 昔は、貴族の家に生まれた男子しか通えなかった。しかし今は女子も、貴族以外の家の者も通える。ただ、やはり貴族の男子が多数を占めるが。

「だが、あの学校は問題を起こす生徒も多い。君をそんな危険な場所に置いておきたくない」

 エルマーは本当に心配しているようだった。学校には、十代二十代の男女が多い。なので、すいたほれたの騒ぎが起きやすいのだ。また、よい結婚相手を見つけるために学校に通う女性もいる。

「確かに去年、駆け落ち騒ぎが起きたわ。結婚を両親に反対された男女が、王都にあるテンス教の教会に逃げた」

 テンス教は南の国々で信仰されている宗教だ。この国では長い間、信仰を禁止されていた。だが国王クンツにより信仰が許されるようになり、王都にも大きな教会がたった。

 テンス教は自主、自立をモットーとする。なので本人たちの意志さえあれば、周囲が反対していても結婚できるのだ。恋を成就させた本人たちは幸せだが、両親たちは激怒しているという。

「でも私は、国教であるアウィス教を信仰している。それにあなたがいるのに、別の男性と駆け落ちなんてしない」

 ライリーは言った後で、顔を赤くした。ライリーはエルマーと結婚する。ライリーの年齢を考えると、そろそろ結婚式の準備とかが始まるはずだ。ライリーには不本意だが。ものすごーく不本意だが。

 ライリーは照れているのに、エルマーはまだ不安そうだった。相変わらずこの男は分からない。

「ライリー、この国では王侯貴族、――特に王族が強い権力を持つ」

「あなたが言っても、説得力がないけれど」

 ライリーはしらけた調子で反論した。エルマーは、もしかしたら王侯貴族よりも強い影響力を持つ。また彼はクンツ国王とも親しいらしい。前国王オーラフの世ならば、平民のエルマーと侯爵家のライリーの婚約など許されなかっただろう。

「頼む、ライリー。十分に身をつつしみ、危ないことはしないでくれ。僕の望みは君の幸せだけだ。君が幸せな結婚をし、子どもや孫に囲まれている姿が見たい。君のためだけに、僕は生きている」

 エルマーは熱心に言う。しかしライリーは身を引いた。これは口説かれているのか? 早く自分と結婚しろと言いたいのか? しかし、そんな雰囲気ではない。やっぱりエルマーは、よく分からない婚約者だった。

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