第6話 決着
時間が経過するほど追い詰められてしまう。
なら、こちらから打って出る。
ゲームが始まってから、既に一分以上経過している。
今なら二枚目のカードを発動可能だ。
「因果応報」
”因果応報”は、自分の駒が相手の駒から受けた傷を、相手プレイヤーに幻痛として十五秒間与えるという効果だ。
グレーは突然、俺と同じ痛みに襲われる。
全身に切り傷を負ったような痛みだ。
『ガッ!』
敵の、駒の動きが鈍る。
ここだ!
『グアアアアーーー!!』
ガロンの甲大剣が、敵の駒の腹を貫いた。
内心でヨシ!と喜んでしまう。
だが次の瞬間、腹を刺された駒の右腕が動き、ガロンの左目を、槍で刺し潰した。
「あああ!・・あ・・・あ」
思わず、左目を左手で覆ってしまう。
急に、硬い異物を押し込まれた感覚と、一瞬遅れて痛みが、目を中心に頭全体を駆け巡る。
一瞬、意識が跳んだ。
『頭にダメージを負うことは、最も防がなければならないというのに。アナタは間抜けですね~~~!』
下手をすれば気絶する恐れが有るため、頭に攻撃を受けることは、極力避けなければならない。
やっぱりネチネチ言ってきたか、あのヤロー。
ガロンに倒された駒は、光となって消えた。
プレシャスを含めて残り二体。
一気にこちらが有利になった。
『身体強化』
向こうも二枚目のカードを発動した。
カードに対してはカードで対抗するしかない。
よって、先にカードを使用した方が不利になる可能性は高い。
シャスティングは、一瞬にして逆転が可能なゲームだ。
全く気を抜くことが出来ない。
”身体強化”の対象になったのは、プレシャス以外の最後の駒だった。
赤い光に包まれ、筋肉が盛り上がる。
”身体強化”の効果は、駒一体の能力全てを僅かに上昇させるというものだ。
微妙な効果だが、効果時間は無制限と、以外に厄介だ。
”因果応報”の効果も切れ、操作する駒が減ったのもあり、今までよりも鋭い動きを見せる。
ガロンとファルの二体掛かりでも押される。
ガロンの甲大剣で押さえつけ、ファルのフランベルジュで隙を突き、僅かでもダメージを与えようとするが、強化された膂力でいなされる。
むしろ、ガロンの体に槍が突き刺さる回数が増えていく。
刺さる深さも増していく。
ガロンの傷は、人間であればとっくに動けなくなっている程深い。
まだ俺が戦えているのは、感じている痛みが実際の痛みよりも軽減されているからなのかもしれない。
俺は、ファルを突っ込ませた。
ファルが騎槍に貫かれるが、手にしたフランベルジュで敵駒を突き刺し、動きを封じる。
「があっ!」
『ギザマアアアアアーー!!』
敵プレシャス駒に、ガロンとボエルをぶつける。
胸がグリグリと痛ーーー!
『負げるものが!まぎぇえるもにょがあああああああ』
執念なのか、二体の攻撃を槍一本で裁き続ける。
まずい。
感じている痛みは、グレーより俺の方が上だ。
全身の切り傷、刺し傷、貫かれた腹と左目。
対して向こうは、腹を貫かれているだけだ。
冷や汗が流れている事を自覚すると、目の前が靄が掛かったように見えずらくなる。
これ、気絶しかけてるな。
駒の操作能力で劣っている為に、後一手が必要だ。
『身体強化!・・・クソが!!』
僅か二秒、カードを発動するための条件を満たしていなかった。
『負けない!負けない!俺は負けない!今日始めたばかりの新人に、何も知らない小僧に!俺が負けるものかーー』
ああ、それが奴の支えなのか。
奴の駒がプレシャス駒一体のみに対し、こちらは四体だ。
ここまで追い詰められても足掻く原動力が何なのか見えた。
「グレー!俺の駒を見て十年前の事を思い出さないか?」
『何を!』
「俺は五歳の時、ネックレスを拾ってここに来た」
分かるはずだ。
「お前は、俺の親父がセッティングした駒を見て、全く同じ言葉を発したんだ!」
「駒は、タイプを統一するのが基本なのですよ。初心者であるあなたには理解出来ないかもしれませんがね。ってな!」
『・・・・嘘だ』
奴の顔を、見据えて続ける。
「俺は、何も知らない訳じゃない。十年以上前からずっと、お前に勝つ事だけを考えていた!!」
このゲームは、俺にとって復讐なのだと教えてやる。
「あの頃と変わってなくて助かったよ」
奴の使う駒も、武器も、カードも、十年前と同じだった。
『そんな馬鹿なーー!!』
奴の支えは、何も知らない初心者に自分が負けるはずが無いという思い込みだ。
自身で掛けた暗示と言ってもいい。
俺は、俺の過去を使って、奴の暗示をぶち壊した。
奴の姿と同じプレシャス駒が、大振りの攻撃でガロンとボエルを牽制した瞬間、カードを発動する。
「ワープ」
カードの効果が発動した瞬間、グレーのプレシャスの前に、マリアが姿を現す。
次の瞬間、マリアの一線がプレシャスを両断する。
最後の一撃を放ったマリアに、思わず見惚れてしまった。
プレシャス駒が、青い燐光となって消滅する。
光を背景に、心からの笑顔を向ける女騎士は、本物の女神のようだった。