第5話 奇襲
ゲーム開始と共に、グレーの駒三体が飛び上がる。
三体共、騎槍を構え、空中から前下方へと突撃を開始する。
狙いは、先頭に居た狼の駒ガロン。
ブラウンカラーのガロンには、籠手と大剣が一体化した甲大剣と、予備武器として片刃の短剣を装備させている。
ガロンに右手の甲大剣で、槍を二本まで受け止めさせる。
残りの一本は、身を捻って直撃は避ける。
「ぐっ!」
脇に痛みが走る。
熱を感じないのは、これが幻痛だからか。
今の俺は、マリア以外の駒と五感を共有している。
つまり触覚(痛覚)を通して、痛みを感じてしまうということだ。
痛みは、思考を中断させる。
思考を止めれば、駒の動きも止まる。
如何にして傷を負わずに相手の駒を傷つけるかが、シャスティングの基本戦術だと俺は考えている。
にもかかわらず先手を取られたのは、完全に俺の落ち度だ。
三体の突撃に耐えかねたガロンは、体勢が崩れてしまう。
その代わりに、敵の駒もすぐには体勢を整えられない。
その隙を、グリーンカラーの鷲の駒ファルで急襲する。
ファルの剣は、空を飛ぶのを考慮して軽量であるエストックにしたが、これは失敗だった。
エストックは相手の駒一体を貫いた後、抜けなくなってしまった。
前下方へ急襲してヒット&アウェイで上空へ逃れようとしたのだが、刺突武器でこの戦い方は無茶でしかなかった。
仕方なく予備武器のフランベルジュを腰から引き抜かせる。
『キサマー!』
グレーは、肩を押さえて苦悶の声を上げている。
これまで、ろくにダメージを受けたことが無いのかもしれない。
「思っていたよりも小者だな。グレー」
『黙れコゾーーー!!』
脇を掠めただけの俺に対し、向こうは左肩を貫かれている。
もう、余裕が無いのか?
それとも、ただの演技?
だとしても、やることは変わらない。
今はこちらが有利だ、一気に畳み掛ける。
が、次の瞬間敵の駒が後退していく。
「・・狙いは、時間稼ぎか!」
不利な状況での撤退。
十秒程時間を稼げれば、カードが使える。
カードによる一発逆転狙いか。
ガロンとファルに追撃させる。
陸の駒は、空の駒よりもパワーが上だ。
後退している以上、騎槍は満足に使えない。
懐に潜り込んでしまえばこちらが勝る。
だが、カードの発動には間に合わなかった。
『超スピード!』
赤のカードに触れながら、カード名を唱えると、奴の駒一体が赤い光を放つ。
超スピードは、駒一体の速度を三十秒間三倍にするカードだ。
速度三倍になった駒は、ガロンやファルを無視して一直線に突っ込んで来る。
マリアを壊して、一気に終わらせるつもりか。
あの時と方針が違うのか。
やはり、余裕が無いか。
だからこそ、奴は気付かない。
『・・鯨の駒はどこだ?』
もう少し早く気付けば、駒を一つ失わずに済んだのに。
「インヴィジブル」
突っ込んで来た駒は突然、上半身と下半身が別れ、地面を転がっていく。
『グオオオオオオーーーー』
グレーが苦悶の声を上げる。
駒が真っ二つにされ、地面に叩きつけられ、バラバラになる痛みが奴を襲ったのだ。
ちなみに、駒は血を流さない。
バラバラになった奴の駒は、壊れた石像のようだ。
数秒後、壊れた駒が光となって消える。
奴の痛みも消えた頃だろう。
『”潜水”で身を潜ませて、カードで姿を消してからの奇襲か・・・』
カードの効果が切れ、マリンブルーカラーの駒ボエルが姿を現す。
海の駒には、フィールド地下に潜る”潜水”の能力がある。
ファルが敵の肩にエストックを刺したさい、フィールド地下へと潜らせていた。
インヴィジブルのカード効果は、自身の駒一体の姿を十秒間見えなくするという物だ。
フィールド地下から奇襲を仕掛けるさい、インヴィジブルによって姿を消していた為、グレーは対応する事が出来なかった。
この戦術を考案した時、上手くいく確率は低いと思っていた。
駒との視覚の共有は任意で行えるが、フィールド地下は真っ暗で何も見えない。
インヴィジブルで姿を消している為、駒の視覚から敵の駒の居場所を把握しなければならず、インヴィジブルの効果が切れる十秒の間に、現状の把握から奇襲の成功まで持って行かなければならない。
今回上手くいったのは、相手が一直線に突っ込んで来てくれたおかげだ。
いくら速くても直線であるうえ、軌道上の下にボエルが潜んで居たため、たまたま上手くいったのだ。
破壊した駒は、肩を貫かれた駒だった。
万が一を考え、負傷した駒を捨て駒にしたのだろう。
その甲斐あって、現在奴がリンクしているのは無傷の駒だけだ。
「良かったな。痛みから解放されて」
『黙れ』
強烈な痛みで冷静になったか?
『私は、何度も勝利して来たんだ。貴様のような新人に負けるものか!!』
二体の赤い駒が猛攻を仕掛けて来る。
「単純な駒の操作は、向こうが上か」
駒の操作に関しては、向こうに一日の長がある。
真っ向勝負は、こちらが不利だ。
ガロンとファルで迎え撃っているが、少しずつ、確実に傷が増えていく。
ボエルの”潜水”でプレシャスに仕掛けるか?
いや、流石に警戒しているだろうし。
奴のプレシャスの駒は、専用の陣地から動いていない。
専用陣地の真下には、”潜水”で潜り込むことは出来ない。
プレシャスの陣地の広さは、一平方メートル。
その外側から奇襲を仕掛けるにしても、一対一ではこちらが押し負ける。
確実に勝つ為には、最低でも後一体、駒を破壊する必要がある。
いつの間にか、俺の方が追い詰められている。
体の痛みが増えていくのを感じながら、打開策を模索する。