第3話 準備
高校に入学して、ひと月程たった頃。
俺は、彼女に目を付けた。
泉マリアなら、条件を満たしている。
直感で、そう思えた。
あの頃の自分に、似ているからかもしれない。
この世で俺が、彼女を最も愛する人間になれば、あの場所にもう一度行ける。
理屈で、どうこうなる問題じゃないけど。
・・・努力はしてみよう。
両親が生きているようだから、可能性は低いだろうが。
一年間、彼女を観察して分かった事は、彼女が天然だという事だ。
さらに帰国子女であることが、周りとの意思疎通の弊害となっているようだ。
だが、彼女は決して嫌われている訳ではない。
担任教師という例外を除けば、むしろ好かれている。
皆、泉マリアという絶世の美人に気後れしているだけだ。
身長は、周りの女子に比べて頭一つ高く、豊かな金髪に、豊穣の女神を思わせる抜群のスタイル。
泉マリアの神秘的な美しさを前に、友達として接するのが憚れるのだろう。
五月二十二日、俺は、この場所へと戻って来た。
今回は、プレーヤーとして。
マリアさんは、俺を巻き込んでしまった事に罪悪感を持っているようだが、むしろ俺の方が罪悪感でいっぱいだった。
何故なら俺が、自分の目的を優先したからだ。
この一年の間に彼女と親しくなっていれば、孤独を薄め、マリアさんがこの場所に来るのを防ぐことも出来たのだから。
待機室に入った後、俺はすぐにハンティングギアの円環の中心に触れた。
目の前にウィンドウが出現し、シャスティングに関する事が表示される。
時間は、どれ程あっても足りない。
まずは、駒の準備だ。
駒は、陸、海、空の三種類あり、それぞれ途方もない数の擬人化された生物がデザインされている。
選んだ駒には、武器をカスタマイズする。
ここまでで駒の準備は完了だ。
俺は、陸、海、空からそれぞれ一体ずつ選ぶ。
同じ生物の駒は、一体しか選べない。
武器は、十種類以上ある中から一種類しか選べない。
剣を選ぶと、様々な種類の剣が表示される。
三体の駒にそれぞれ剣を選んでいく。
次は、カードだ。
青、赤、緑の三種類があり、カードの効果傾向に違いがある。
俺は、迷わず青を選ぶ。
カードは、それぞれの色に五十種類以上あり、そこから二十枚を選ぶ。
同じカードは、二枚までしか選べない。
カードの種類は、あの頃より増えたか。
駒とデッキの準備で三十分も掛かってしまったか。
駒の種類とカードの色は、最初から決めていたにもかかわらず。
勝つためにやっておかなければならないことは、いくらでもある。
まずやらなければならないことは・・・・
マリアさんに、俺の過去について話した。
理由は、彼女を安心させて協力的になってもらうためだ。
思った通り、マリアさんは協力的になってくれた。
彼女がまとっている雰囲気が予想していたものと、少し違う気がするが・・・
この子、天然だからな。
「ご免なさい。あなたを巻き込んでしまって」
「良いんだ。むしろ、感謝しているくらいだ」
十年以上、この時を待ち続けたのだから。
「だから、君が気にするような事じゃない」
犠牲になるのが君じゃないことに、俺は安堵しているのだから。
君を、最も愛しているのが俺だというのは甚だ疑問だが、犠牲になるのが俺だけなのは知っている。
その後、会話する事も無くたんたんと準備を進めた。
ルールの詳細と赤のカード全ての効果を頭に叩き込む。
駒とカードを組み合わせた戦術の模索。
マリアさんを戦術に組み込むかの検討。
喉が渇いたし、小腹も空いたな。
・・・・随分食べてるな、マリアさん。
俺も、軽く食べるか。
・・・・・・ゲテモノが多いな。
前は、どうだっただろうか。
まるで思い出せない。
この紫の飲み物、沸騰したように泡だっているのだが・・。
マリアさんは、美味しそうに飲んでいる。
この子スゲーな。
・・・・冷た!これ冷た!
氷が入っている訳でもないのに。
・・・・・・美味しいなこれ。
肉の串焼きも美味い。
フルーティーな甘辛いタレに、上品な肉の甘味と脂身。
これなら、いくら食べても胃もたれする気がしない。
・・・・・・これはマズイ。
毒が入っているとは思っていないが、食べ過ぎで思考が鈍るかもしれない。
単純に、満腹で動けなくなるかもしれない。
「マリアさん、もう食べるのは止めよう」
「エッ!」
何故、この世の終わりのような顔をするんだ!
お菓子を取り上げられた子供か!!
俺だって、もっと食べたいよ!
「食べ過ぎて、動けなくなったらマズイから。」
「・・・・じゃあ、ハイ♡」
食べるのを止めようと言っているのに、何故かパンを差し出してくる。
さすが天然。
「このパンを食べさせてくれたら、食べるのを止めてもいいですよ」
どういう思考をしたら、その答えが出るんだ。
「アッ!ちが・・ムグ!」
考えるのが面倒になったので、彼女の要望通りパンを引ったくって、口の中に突っ込んでやった。
自分で言い出したくせに、恥じらいながら食べている。
俺の方が恥ずかしいは!
にしても可愛いな。
絶世の美女が俺の手の中のパンを、恥ずかしりながらもモグモグと美味しそうに食べている。
実際、美味いんだろうなー、このパン。
パンを全て食べたマリアさんは、怒ったような顔をして視線を逸らす。
・・・・何でだ?
「固金のバーカ、固金のバーカ、固金のバーカ」
小声で何か言っている。
今は、触れないで置こう。
その後は、二人でいくつか打ち合わせをした。
そして・・・
《『マリア様と固金様は、至急ゲームフィールドへ来てください。十五分後にシャスティングを開始致します』》
あの忌々しいゲームがとうとう始まる。
「行こうマリアさん」
この異界へ来た時、俺の心は殺伐としていた。
だけど、今は満ち足りている。
彼女を安心させようと励ましていたつもりが、こっちが勇気付けられていたようだ。
心が温かい。
もっと、彼女に笑顔でいて欲しい。
これが、愛しているという感覚なのだろうか?
どちらにせよ、このゲームに勝たなければなにも始まらない。
絶対に勝つ。
マリアが居てくれるなら、何でも出来るような気がした。