第22話 弄り男
目の前で、同僚の女性が痴漢されていた。
だが、その同僚は微動だにせずされるがままだ。
二十六歳になる彼女には年上の彼氏がいると聞いていたが、目の前の男は、どう見ても俺と同じくらいの年だ。
恋人という関係では無いはずだ。
「チッ!」
男が俺に気付くと、同僚から離れ店を出て行く。
「あれ、今何を・・・・・お!固金くん。いつの間に来たの?」
「あの、大丈夫ですか?」
「?・・・何が?」
心配したのが馬鹿らしくなるほど、気負いのない返事が返ってきた。
いったい何が起きているんだ。
とぼけているようにも見えないし。
「彩香さん、年上の彼氏とは上手くいっているんですか?」
「な~に、急に、言っておくけど、君が入る隙間が無いくらいラブラブよ♡」
いつもの彩香さんだ。この人は何故か、俺が自分に好意を持っているという前提でからかってくる。・・・正直迷惑なのだが。
それにしても、年上の彼氏との関係を否定しないということは、さっきの男が新しい彼氏という線は消えたか。
他に客は居なかったようだから、勢いでごまかそうとしている?
あの時、彩香さんは俺の方を向いていたから、俺が見ていたことに気付いていたはずだが。
本当に、何がどうなってる?
わけが分からないまま、俺は仕事をこなすことになった。
☆
予定よりも仕事が長引いてしまった。
別の学校のバイトが急に休んだのだ。十中八九仮病だろう。おかげで予定よりも稼げたが。
今回の件を踏まえて、勤務態度が真面目な俺と祭りの時給が上がることになったし。
仮病男様々だ。
遅くなったお詫びもかねて、寿司屋でお持ち帰りを注文しようと思い、いつもの帰路から外れる。
あれ、あの車って、楓さんのキッチンカーだ!
木々をバックに、砂利の上にキッチンカーを止めていた。
相変わらず人が居ないな。本当に儲かっているのだろうか?
キッチンカーに近寄ると、楓さんの前にあの男がいた。彩香さんの身体を弄っていたあの男が。
楓さんの不意を突いて男の手が楓さんに触れる。
すると、楓さんの身体から力が抜けたみたいに腕が下がる。
さっき、あいつの手のひらが一瞬光ったような気が‥。
男の右手が、楓さんの左胸を揉んだ。
「なんだこいつ、顔がキツいと思ったら、胸までカテーし!」
頭の中でブチリという音が聞こえると同時に、俺は駆け出し、男を力一杯殴った。
「イテーーー!何すんだよてめーよーー!」
俺はキッチンカーにあったナイフを手にして、男を蹴り飛ばす。
「へっ!何?・・・どういう事?」
楓さんの意識が戻ったらしい。あの男が何かしら、意識を奪う手段を持っているのは間違いない。
でなければ、楓さんが男に身体を触らせるなんてあり得ない。
「答えろ!その力をどうやって手に入れた!」
ナイフを向けて脅す。
おそらく、こいつの能力はスキルによるものだ。
問題は、他にもスキルを持っているかどうか。
「言う、言うから刺さないで!二ヶ月前にアクセサリーを拾ったら変なところにつれてかれて、アバズレババ・・・母親が居て、ピエロみたいな奴が居て、戻ってきたら変な力が使えるようになっててさー、だからこの力が欲しいって言うんなら俺が拾った物と同じもんを・・・」
聞いてもいないことまでベラベラと。
取りあえず、こいつがどうしようも無い小者だということは分かった。
「ゲームの勝敗は?」
「アバズレ婆が試合放棄して、骸骨に連れて行かれやがった。あの時の顔、チョー笑えたわー。・・・あんな女が・・俺を一番愛してるなんて有り得ねー。グリューンとか言う奴マジザケんなよ!」
つまり、こいつ以外にスキルを持っている者は居なくて、今後スキルが増える可能性も無いか。
ただ、このまま野放しにしておくわけにはいかない。
こいつは、少なくとも彩香さんと楓さんに手を出したし、放っておけばマリア達に被害が及ぶことになるかもしれない。
俺は、ハンティングギアを装着し、目の前の男を表示する。
〔加賀拓哉〕 異界人 十八歳
スキル⚫言語理解 ⚫催眠
⚫催眠:十秒間何も認識出来なくなる
”催眠”のスキルを悪用していたわけか。
俺が手にしてもシャスティングの役に立たないじゃないか
仕方ないが、他にスキルが無いのが分かったので、実験を行いますか。
ハンティングギアから”強奪”のスキルクリスタルを実体化させ、身体の中に取り込む。
「強奪」
スキルを発動すると、男の身体から光が出て、俺の中に入って来る。・・・正直気分が悪い。なぜこいつのスキルを俺が・・・。マリア達を守るためではあるが。
光が治まると、互いのスキルを確認する。
〔加賀拓哉〕 異界人 十八歳
スキル⚫言語理解
〔暗崎固金〕 異界人 十六歳
スキル⚫言語理解 ⚫並列思考 ⚫??? ⚫催眠
無事奪うことが出来たようだが、”強奪”が失われていた。使い捨てのスキルだったのか。
「お、お前、何をした?」
今後、この男が痴漢やそれ以上のことをしないとは限らないが、スキルさえ無ければ、俺達にとっての脅威は半減する。
「じゃあな」
俺は”催眠”を発動した後、男の右足を折って楓さんの方に向かう。
折っても目を覚まさないところを見ると、”催眠”のスキルは凶悪だな。
奴を逃すわけにいかなかったとはいえ、その為に楓さんに色々見られてしまった。どう説得するか。
楓さんの様子を窺うと、震えていた。脚を折ったのは刺激が強すぎたか?
・・・仕方ない。楓さんのご飯を二度と食べられないのは残念だが、脅して黙っていて貰おう。
「え!・・・・・・」
楓さんに近付いたら、いきなり抱き付かれた。・・・なぜ!?
「もう、嫌だ・・・・・助けて・・・・・助けてよう・・こがねざま~~!」
「なんで、俺の名前を・・・」
泣きながら、消え入りそうな声で助けを求めてくる楓さんに声を掛けるが、聞こえていないようだ。
俺は、楓さんに名乗ったことは無い。
俺が楓さんの名前を知っているのは、仕事用のエプロンについたバッジに”楓”と書いてあったからだ。
楓さんは自分から名前を教えるような人じゃないし、他人の名前を聞くような人でもない。この半年の付き合いで、楓さんがそういう人だって俺は知っている。
「・・・う、痛い!いだいよー~~!助けて!だずげでよー、おがあざーーん!!」
あの男が目を覚まして騒ぎ出す。
すると、ビクリと楓さんの身体が跳ねる。
あのヤロー、俺が尊敬する楓さんを怖がらせやがって!
「楓さん。まず、場所を移動しよう」
コクリと頷いて、店を片付け始める楓さん。
その間に、奴をもう一度スキルで黙らせ、二度と楓さんを怖がらせないように、その辺の石を目一杯口の中に詰め込む。くそ、唇触っちまったじゃねえか!!
最後に、腹に一発蹴りをぶち込んで、楓さんのキッチンカーでその場を去った。
☆
楓さんには、一緒にマンションに来て貰った。
やはり普通の精神状態じゃない。マリア達に会っても、驚くどころか、心ここにあらずという状態だった。
普通なら「この子達とどういう関係なの!?」というようなリアクションがあるはずだ。
キッチンカーは、マンションの地下一階の駐車場に止めさせた。
ルーザに会わせるのはどうかと思ったが、キッチンカーを置く場所が必要だったため、結局連れて来てしまった。
さすがに楓さんの家に行くわけにもいかないし、俺のアパートだと二人きりになってしまうし。
楓さんには現在、お風呂に入って貰っている。落ちついて貰いたかったのと、マリア達三人に事情を説明する時間が欲しかったからだ。
俺はというと、事情聴取という名の取り調べを受け終えたところだ。
「なる程、てっきり新しい女を連れ込んだのかと思いましたよ」
「俺、別に見境なしってわけじゃないよ!」
辛辣なルーザの言葉に反論しておく。
「ご主人様に相応しい方であれば、新しい女の一人や二人、別に構いませんよ」
ルーザ、俺は三人で手一杯だよ。
「あと一人くらいは確実に増えるんだろうな~~。ハアー。固金だから仕方ないか」
祭り、俺にハーレム願望があるわけじゃないんだぞ!
「ウフフフ、また一人、家族が増えますねー♡」
マリアさんの中では、楓さんのハーレム入りは決定ですか。そうですか。
・・・・・この寂しがり屋め!
ガチャリとリビングのドアが開いた。
「あの、お風呂ありがとうございました」
楓さんがお風呂から上がったようだ。
さて、楓さんには何から話すべきだろうか。
少しは落ち着いただろうが、果たして話せる状態なのか?
楓さんの様子を窺ってから判断しよう。
「・・・・・・・・・・・誰?・・・・・・」
・・・・・・へ?・・・本当に誰?
目の前に居たのは、大和撫子を体現したような美しい女性だった。艶のある黒髪が、薄緑の浴衣によく似合っている。
声も綺麗だった。真面目さと可憐さが同居した凛々しい美声。今までのぶっきらぼうな声はなんだったのか。
「楓さんで良いんですよね?」
俺の代わりにルーザが確認してくれる。
「・・・はい・・そうです・・」
「ごしゅ、固金さまは名乗った覚えが無いと言っているのですが、あなたはどうやってごしゅ、固金さまの名前を突き止めたのですか?」
最初に聞くのがそこなのか、ルーザくん。ご主人様って言いそうになってるし。
「?・・・固金様って誰のことですか?」
「何を言っているんですか!目の前に居るでしょ!」
「へ?」
ルーザが俺に手を向けるまで、想像にもしなかったという顔をしている。
「みょ、名字は?」
「・・暗崎ですけど・・・・・?」
なんか、さっきから頭がクラクラする。やけに身体も熱いし、どうなってるんだ?
「くら・さき・・こがね・・・・・あなたが・・・私の・・王子様!?」
お、王子様!何を・・言って・・・これ、本当に変だ。
楓を押し倒したい!唇を貪って!胸を揉みしだいて!そして俺のモノを!俺のモノを・・・何を考えているんだ俺は!これじゃあ、さっきぶちのめした男と何も変わらないじゃないか!
どうにかしないとと思っていると、楓さんが土下座した。
「私を愛人にして下さい!」
ハア~~~~~~~~~~~!!!




