探索
期末試験もあと一日となった夜。
笹原家の一室の窓には、日付の変わる直前になっても、灯りが点いていた。
「……」
机の上に投げ出された「文学部・教育学部募集要項」の冊子。いくつもの、印刷されたコピー紙の束。「新入生募集要項(全学部)」。「保育教育学部 学部案内」。「学部要覧」。「受験生向け キャンパス案内」。
進学内定希望のコピー。「国公立大学を志望する場合の手続きについて」。「私立大学を志望する場合の手続きについて」。
去年の成績表。校内実力試験の結果通知。「進路進学資料 進路指導室」。
何冊かの入塾案内。「合否A判定ライン 一覧表」。合格体験記。
数学の問題集とノート。英和辞典。ホチキス止めのプリント。
そして、無造作に置かれた携帯電話。
「……」
部屋の主は無言のまま、電気を消した。
※※※
廊下ですれ違った敷島に、『中崎先生が来る前に声出しをしておいて。後から行くから』と伝言を頼み、笹原駆は進路指導室へ向かった。
薄い木の扉をノックする。
「高3、笹原です。」
「入ってどうぞ」
返事を確認して開けると、主任の長浜先生、担任の森田先生、そして音楽科の中崎先生が、パイプ椅子に座っていた。
「笹原、そこに座れ。」
「はい」
開いている椅子を指し示す森田先生に、笹原は返事をして椅子に腰かけた。
「さて、どこから話していいか……」
「笹原君、外部を受験したいというのは、本気かい?」
森田先生に代わり、長浜先生が問いかける。
「はい。県立教育大学か、近くの国立大学の教育学部に、行きたいと思っています。」
「前に内部進学の紙を出してもらったときには、考えていなかったのかな?」
「……考えてなかったというより……なにも考えてなかったというか……」
無言で先を促す長浜先生に対して、笹原は考えながら、考えてきたことを、答える。
「……とにかくどこかに上がれればいいかなと思って……経済か商学部なら、今の成績のまま入れそうかなと思ったということです。」
「興味があったわけではなかった、とということかな。」
「……ないわけでは無かったですけれど、積極的な選択ではなかったですね」
中崎先生が、軽く手を上げて会話に割り込む。
「どこでもいいから進学、より、目標をもって進学する方が、ずっといいぞ。目標も希望もなく大学に上がったら、苦労するぞ。」
「はい」
「教育に進んだら、将来は教職になるが、自分が先生になった姿、想像できるか?」
「……一応は……」
「そうか。忘れるなよ。」
「はい。」
―長浜先生、どうぞ―中崎先生はそう言って椅子に深く座り直した。
代わって長浜先生が口を開く。
「教育学部に決めた理由は、何かあるのかな?」
「それは……何か、人を導けるような人間でありたいから、ですかね……」
「それは面白い切り口だね。具体的には、どんなことだい?」
「……一歩踏み出せない人の、背中を押すとか……」
「ふんふん」
「……どうしようか、どうしたいのかが、何となく、になっている人が……自分を……自分のしたいことを決める……というか、探す、というか……手に入れられるように、したい、してあげたい……です……」
「……なるほど、手にいれる、ね……いいね。それから?」
「………………」
「うん、未だ探しているところ、といった感じだね。心配しないでいいよ。」
「……え?」
目を丸くして顔を上げた笹原に、長浜先生は笑みを浮かべた。
「現役の教員だって、完璧にわかってなんかいないぞ。むしろ働きながら、一生かけて追い求め続けるんだ。」
「……それは、安心材料ですね……」
笹原の頬が少し緩み、半笑いのような表情になった。長浜先生もハハハと笑う。
※※※
水橋「部長、来ないね……」
敷島「中崎先生も来ないよね?どしたんだろ?」
水橋「えー?何か聞いてるんじゃないのぉ?」
敷島「いや、さっき廊下で、先に声出ししててって……」
鈴木「そこ!ソプラノ一年の二人!テノールバスの音取りやってんだから、私語はアウトだよ!他のパートのも、ちゃんと聞いててね!」
水橋「はぅぁっ……ごめんなさいぃ……」