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数日後。


一学期の期末試験が迫り、試験前の部活動も最後になった日、いつものように鍵を閉めようとした笹原(ささはら)―合唱部長―に、水橋(みなはし)が声をかけた。


「先輩、夏休み、いつなら空いてますか?」

「ちょっと待って、いま鍵閉めてるから」

「はぁい」


笹原は窓を閉め、音楽室で話に花を咲かせる部員数名を廊下に追い出す。


「はいはい、閉めるから出てね」

「えー」「えー」「えー」

「……下校時間は守ろうか……」

「えー」「えー」「えー」

「廊下で喋ってる分にはいいから、出ていこうね」

「はーい」「はーい」「はーい」


廊下に出て鍵を掛けた笹原を、水橋はドア脇で待ち構えていた。


「先輩、相変わらずナメられてますよぉ」

「怒ったり叱ったりできないからね」

「……ですね」

「あ、でも、それだけが部長の仕事じゃないし」

「……えぇ?」

「怒ったり叱ったりだけが部長の仕事、じゃないんだよ」

「……?」


笹原は、手に持った鍵をくるくると回しながら言う。


「怒ったり叱ったりしたら、居心地が悪いでしょ、お互いに。むしろ逆の方がいいよね、っていうこと。」

「……先輩、甘々ですね。」

「……よく言われるよ」


鍵を職員室に返却し、昇降口へ降りる。


「それで、なんだっけ、夏休みが?」

「そうですよぉ、夏休み、いつなら空いてますかぁ?」

「え、なんで?」

「中崎先生が、環境美化活動の日を決めたいからって」

「……あぁ……うん、いつでもいいよ」


投げやりな口調になってそう言った笹原に、水橋は驚いて目を合わせた。

突然顔を覗き込まれた笹原はたじろぐ。


「先輩、高3ですよね?塾とかないんですかぁ?」

「……いや、付属だし、上にあがれりゃいいかなぁと……」

「受験、しないんですかぁ!?」

「……なんでそんな驚くのさ……」

「いや、だって、先輩、上いっちゃったら三流大学ですよぉ!?」

「……あのね、一応、世間的には二流ぐらいだし」

「先輩には不釣り合いです!」


水橋はそう言い切ると、頬を膨らませんばかりに不満な表情になって、早足に歩き出した。


「水橋、どうしたんだ?」

「どうしたもこうしたも、先輩がバカなだけです」

「……え、何が悪いんかなぁ……」

「先輩、勉強してないですよね、恐らく」

「……成績は平均ぐらい」

「いや、してないですよね」

「……ある程度してますが」

「本気ではしてないですね」

「……はい」

「先輩は、利発ですよね。楽譜とかすらすら読めて、演奏会の段取りとか、練習計画とかささっと作れて、トラブルも対処できて、書類とかもさらさら書けて、面倒なマニュアルとか取り扱い説明書とかぱっぱと読みますよね。こんがらがった合宿の申請とか、わかりづらい譜面の指示とか、英語の注釈とか、全部わかりますよね。」

「……いや、ポンコツだけど?」

「いえ、先輩は利発です。それでいて、性格も優しいじゃないですか。喧嘩別れした人とか居ませんよね?」

「……はい」

「恨みに思っている人とか、絶交したい人とか、居ませんよね?」

「……居るっていったら?」

「居ませんよね」

「……はい」

「それから、先輩はイノベーションがありますよね。部室の棚、壊れかかってたのを買い換えて、劇的に使いやすくなったの、先輩の功績ですよね?出席票が見やすくなったのも、電話連絡網を改訂したのも、先輩ですよね?」

「……はい」


「じゃあなんで、こんな三流大学で満足するんですか!」


「……いや……二流……」

「少なくとも、先輩に見合った大学じゃないです。なんでですかぁ?」

「……」



黙ったまま歩いて、二人して駅の改札を抜ける。

ちょうど目の前で列車がいってしまった。



「……水橋。」

「はい、なんでしょう?」

「……夏休みの予定って、いつまでに言えばいい?」

「試験最終日です」

「……しばらく保留にしてもらっていい?」

「構いませんけど」

「それでお願いするよ……じゃあね」

「お疲れさまでした」



二人は別々のホームへと足を向けた。



※※※


From:S_Kakeru@xxxxx.ne.jp "笹原駆"

To:shinroshidou@XXX.ed.jp "進路指導室"

Subject:進学内定申請の保留について


3-1-15、笹原です。

先週のHRで提出した進学内定申請について、今後外部受験を検討する場合、保留にしてもらうことはできますか?






From:shinroshidou@XXX.ed.jp "進路指導室"

To:S_Kakeru@xxxxx.ne.jp "笹原駆"

Subject:Re:進学内定申請の保留について


進路指導室主任の長浜です。

ホームルームでも告知したように、外の大学を受験するのであれば、進学内定は貰えません。

笹原君からは申請を受け取っているので、受験すると決めたら、取り下げてもらうことになります。

その場合は担任の森田先生に言ってください。


相談があれば、気軽に開室日に来てください。今月は期末試験までの各日と、試験最終日以降終業式までの月曜、水曜、金曜です。


      長浜(数学科)





From:S_Kakeru@xxxxx.ne.jp "笹原駆"

To:shinroshidou@XXX.ed.jp "進路指導室"

Subject:Re:Re:進学内定申請の保留について


ありがとうございます。笹原

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