表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/10

心配

中崎(なかざき)先生、笹原(ささはら)です。」

「ああ、入っていいぞ」


放課後、合唱部長の笹原駆(ささはらかける)は、音楽科準備室の扉を叩いた。

顧問、音楽科教師の中崎裕一(なかざきゆういち)先生の声に促されて、笹原は扉を開ける。


昼休みと同じく、笹原は丸椅子に腰かけた。


「それで、先生、書類とはなんの書類でしたでしょうか?」

「いや、それは口実だから」

「あ、はい。」


機先を制され、笹原は困惑の色を浮かべた。


「つい、水橋(みなはし)のことが心配になってな。笹原と話をしておこうと思って呼んだだけだ。」

「……何だか、2年前の自分を思い出すようですね。」

「そうだな……あのときはお前が鍵をなくして、柿沼(かきぬま)に連れられて来たんだったな。」

「もうずいぶん前の事ですね。」

「大人から見るとあっという間だぞ。」

「そうですか」

「そうだ。」



ややあって、中崎先生が先に口を開いた。


「それで、水橋はお前に、どう報告したんだ?」

「……昨日の放課後、最後に施錠するときにはじめて言われました。」

「音楽室でか?」

「そうですね。駅まで歩く間、それから駅でしばらく、話を聞きました。聞いた内容は、昼にご報告したのと大差ありません。」

「それに、どう答えたんだ?だいぶ信頼されたみたいだが」

「それはないですね」

「……即答か」

「即答です。僕みたいなポンコツを信頼されたら困ります。」

「……そうか」

「そうです。」


またもや沈黙。



「それで、水橋と敷島(しきしま)はなんで二人で来なかったんだ?」

「敷島にも反省を促したいところではありますけど、水橋が、自分のせいだから、と思い詰めているようなので、別途明日辺り、敷島を連れて来ます。その方が水橋のためにもいいでしょう、」

「……そういう事情か。」

「どうも、水橋の方が、敷島のせいにしたくないと思っているようなので。敷島の方は……どうでしょうね……」

「そうだな……明日、昼休みを開けておくから、連れてくるように。」

「はい。」

「部活時間外の解錠はやむを得ない時だけにしてもらいたい、と伝えておいてくれ。」

「はい。」



※※※


笹原が出ていき、中崎先生一人になった音楽科準備室。

壁一枚隔てた音楽室から、吹奏楽部のウォーミングアップが聞こえてくる。


「笹原も大きくなったものだなぁ……」


そう呟くと、中崎先生はスタンドに立ててあったトロンボーンを取り上げ、スケールを一往復吹くと、準備室を後にした。



※※※


音楽科準備室を後にし、階段を降りようとした笹原は、踊り場に人影を見つけた。

「……」

「あ、先輩!」

「おう」


渦中のその人、水橋結菜(みなはしゆな)である。


「水橋、どうしたんだ?こんなところで。」

「その……つまり、先輩、を、待って、いました……あぅ……」


尻すぼみに声のトーンが落ちる水橋。


「え、待ってもらわなくてもよかったのに」

「……その……話したいことが……」

「うん、そう言うことは早く言おうか。ね。」

「……むぅ……」

「あーはいはい、それで?」


笹原は階段を下りながら先を促す。

上から、吹奏楽部の合奏が聞こえてきた。


「先輩、今、中崎先生のところに居たんですよね……?」

「うん、そうだけど?」

「……その……怒られたりとか……」

「あ、それはないよ。単に書類を取りに行って、軽く話して、それだけ。」

「……えっと……」

「別に、水橋が泣いたとか、そういうことは何一つ言ってないよ?安心してもらって構わないけど」

「いや……それは安心ですけど……そうじゃなくて……その……」

「ゆっくりゆっくり、ね」


水橋は、浅い深呼吸をした。

昇降口をくぐり抜け、校門を通りすぎて、二人は駅へ歩いていく。


「……ご、ごめんなさい。私が、なくしちゃったばっかりに……」

「お、今日はちゃんと『なくした』って言うんだな。」

「……むぅ……」

「そんな機嫌悪くすんなって……ごめんごめん……」


「そうそう、先輩、明日出すあの書類、部長が名前書く欄もあったので、朝、先輩の教室に行きますね」

「うん、3-1だな。二階の一番手前だけど、わかるか?」

「わかりました。明日の朝、行きます。校門から見て、ですよね?」

「うん。」


駅の改札を抜けて。


「それじゃ、また明日。」

「お疲れさまでしたぁ」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ