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人間モドキの英雄譚  作者: たいさん
一章
2/3

仮初め勇者、鍛練する。

 二


「何をしていらっしゃるのですの、勇者様?」



 ドアの前でがに股になって力こぶをつくる間抜けな僕の後ろには…………






 メイドがいた。






「いや、何でもないですよ。それよりぼくに何かご用でも?」



 平静を装ってはいるが醜態をさらしてしまった僕は冷や汗で背中を濡らしていた。見られた相手が大臣や男教師なら良かったのだがこの僕の目の前に立っているメイドのお姉さんの雰囲気は怖い。とにかく怖い。視線だけで物を凍らせられるのではないかと思えるほどだ。ほら今だって



「用がないとわたくしは話しかけてはいけないのですか?」



「あ、いや、そんなことは……」



「まあ、用があるから話しかけているのですが。」



 必要以上に緊張させないでほしい。



「本日の昼食の一刻後から実践的な魔法の講義、体術の講義が行われます。講師はわざわざ遠方より来てくださった王国騎士団の方と王宮魔術師団の方であると聞いております。」



「やっと実技ですか。魔王討伐が具体見を帯びてきた気がします。」



「訓練場所についてですがこの屋敷の地下スペースで行うそうです。隠し扉はご自分でお見つけになってくださいませ。」



「え、ちょっと待ってください。この屋敷がどれだけ広いかわかってるんですか?」

 


「精進なさってくださいませ。」



 淑やかに一礼して彼女はカッカッと靴音を鳴らしながら去っていった。訓練できるのはいいけど隠し扉ってどこにあるの?ヒントもなしに去っていった彼女の後ろ姿を恨めしそうに睨もうとするがもう彼女は見えなくなっていた。廊下は少なくとも一○○メートルはあるというのに。恐ろしく歩くのが早い。


 文句を言っていてもはじまらない。隠し扉を探そう。







 ◇◇◇



 昼食後そのうち見つかるだろうと甘く見て、のんびり探していた僕であったが、一刻経っても隠し扉を見つけることはできなかった。流石に焦り、駆け足ですべての部屋の壁という壁を押していったが隠し扉はない。もう王国の騎士や魔術師は部屋で待機しているのだろうか。そう考えるとメイドの時とは比べ物にならないほど嫌な汗をかいてしまう。

 絶望して自室に帰りもう一度一から探そうとしていたとき、ギシギシという古い日本家屋の廊下のような音がした。

 豪華な屋敷に似合わない音に疑問を感じ辺りを見渡してみる。隈無く見ていくと床の一部に隙間が空いており光が洩れてきていた。ここは一階だ。普通床の下は地面なので光が洩れるなんてことはありえない。

 この下になにか空間があるに違いないのだ。隠し扉は見つけられていないし、予定していた時刻も過ぎてしまっている。背に腹はかえられない。僕は床を踏み抜くことに決めた。





 ◇◇◇



 果たして僕の目論見は成功し、目の前には筋骨隆々のタンクトップと白髪混じりの長髪に銀縁眼鏡の黒ローブがいた。もちろん二人とも男である。



「ガハハハハッ本当にここに来るとはな。勇者はたいしたやつじゃねえか。」


「これくらいの機転は魔王を討伐しようというのなら必要でしょう。」


「ここまでくる?機転?」



「ああ、そういやまだ言ってなかったな。隠し扉なんてそもそも無いんだよなあ」



「えっそれはどういう……?」



「私たちが彼女に頼んだのですよ。ここまで来るには普通屋敷の外に併設された扉から入らなくてはいけません。しかし、貴方は大臣から屋敷から出ないように言われている。そこで彼女に地下スペースという最小限の情報だけ与えてください、とね。隠し扉云々は彼女のユーモアです。」



「そこからはまあ、あれだ、俺らはありもしない隠し扉を探し回るお前をここから遠視してたってわけよ。なかなかどうして見込みがあるじゃねえか。」



「走るのも速いですし、あれだけ動いても息は全く弾んでいない。それに普通床を踏み抜くなんて芸当むりですからね。……さすが勇者の資質をもった男というわけか。」



 後半はボソボソとしか聞き取れなかったが彼らは僕を思ったより高く買ってくれているようだ。しかし誉められ慣れていない僕にとって彼らの言葉は少々はずかしい。それにしてもあのメイド……



「今日からお前には魔王討伐に必用な基礎技術から、応用まで一気に叩き込む。休む暇は与えん。全てを吸収する気で気張れ」



 王国騎士だけあってすごい圧だ。向かい合って立っているだけでしんどい。僕みたいな中肉中背がどうあがいても勝てそうにない体躯をしている。

 そういえば僕は屋敷から出られないのにどうやって上に上がるのだろう。




「お前の考えていることは大体分かるが、お前はこれから俺たちの技術を会得するまでここから出ることはできないぞ。」




「食事や御手洗いは心配しないでください。僕の教える魔術でなんとかなりますから。まずはそういったものから身に付けて貰いましょうか。」



「まあ、飲まず食わずってのは最初はキツイが慣れればどうってことねぇ。」



「それは貴方だけですから。」



 ガハハハハ


 フフフフフ




 二人仲良く笑い合っている。仲が良さそうだ。内容はえげつないけど。魔術や遠視といった言葉が普通に使われているけど僕がいた現代日本には存在しないものだからなかなか想像しづらい。

 それにしても食事やトイレを平気にする魔術ってなんだ……




「って、お前と仲良くやってる暇は無かったな。早速鍛練といこうじゃねえか。さっきの走りでわかったが、お前は敏捷性についてはもうすでにいいものを持っている。だが、力がなさそうだ。それを補うための体術の会得から始めようや。」




 荒々しい口調だが、ぼくに必要なものを提示してから、鍛練をしてくれるようだ。見た目と雰囲気から昔の体育教師のように無茶を強いてくると思ったけど、この人は信頼できそうだ。




「じゃあ、まず俺と模擬戦でもしようや。お前がどれだけ動けるか知りたい。それに最近動いてなかったんでなあ、楽しませてくれよ。」





 言い終わると同時に、物凄い速さで接近してくる。





 前言撤回、この人は戦闘狂の体育教師だ。





「ち、ちょっと、待ってください…っととまってええ」




 情けない声をあげながら止まるようにいうも巨体はぐんぐん近づいてくる。拳は握りしめられているので、僕を殴るつもりなのだろう。



(あれを喰らったら死ぬ!!)



 なんとかしてかわさないと。僕は死ぬ気で体育教師を観察する。すごい速度で迫っているが低い体勢を保っていることから体幹の強さがうかがえる。

 目前にある彼の体が微妙に右に傾いている。


 というこうことは


 右のパンチだ!!


 僕は全力で左に跳んだ。彼の姿を見ることなくそれはもう必死に。

 ブウォンッという風切り音が後ろで聞こえた。なんとかかわせたようだが風切り音がやばい。無理に跳んだために体勢を崩してしまった。これだと二発目はかわせない。そう思って後ろを向くと驚いた表情の二人がいた。



「お前なんで今、左に飛んだ?」



「何でって言われてもあんたが右のパンチを打つから……っていきなりなにするんですか!!あんなの喰らったら死にますよ!!」



「ガハハハハ、悪い悪い。それにしてもお前俺の動きが見えてたのか?」



 笑ってはいるが、どこか憮然とした表情で聞いてくる。殴れなかったのが悔しかったんだろうか?



「ええ、まあ。低い体勢で物凄い速かったですけど、最後体勢が右に傾いてたのが見えたので。かわせたのは偶然ですけど。」



「なにっ?」「まさかっ!!」



 二人が同時に驚いた声をあげる。僕は見たものを言っただけなのにどうしたんだろう。なにか変なことでもいったかな……。なんだか不安になってきた。

 おどおどしている僕を傍目に二人は何やらボソボソと話し始めてしまった。



((貴方の踏み込みは神速とも呼ばれているはずです。手加減したとして、戦闘も知らない素人が見切ることなんてできるんですか?))


((いや、まず無理だ。俺の動きを見切れるのは王国騎士団でも片手で足りる。あいつはとんでもなく目がいいようだ。やりようによっては化けるぞ。))


 実は結構本気だったというのはプライドが邪魔して言えなかったが……



「あの、どうしたんですか?」



 不安に思って話しかけてきたのだろう。



「いや、何でもねぇよ。それよりやっぱりお前はいいな!!」




 急な賛辞にきょとんとした表情を浮かべる少年を見て、男はため息をつく。大臣はとんだ化け物の原石を送ってきたものだ。



(しかも無自覚ときたもんだ)




「今日のところはこれくらいでいい。それより魔術についてそっちのやつに教えてもらえ。」



「あっ、そうでした。驚いてばかりもいられませんね。それでは魔術について基礎的な知識からお教えしていきましょう。」



「じゃあお願いします。」




 向こうは今後の方針が決まったようで、自分とは異なりまともな講義が始まっていた。これで魔術も化け物クラスだったとしたら、もはや笑みしかこぼれない。魔王の討伐も夢ではなくなってくる。


(ああ、明日からは俺らも寝れねえな)



 あの少年に自分の持っている全てをつぎ込んでやろう。男は満足そうに微笑んだ。




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