ゲームの世界から戻ってきたら、実は女の子だった件
深い森の中、もう5年も共に旅をしてきた仲間達と共に、たき火を囲んでいる。
俺達はこれから、この先にある魔王城へと進行する。
長かった、本当に長かったよ。記憶が無い俺を拾ってくれたギルドマスター。その恩を返すために、頑張って冒険者をしてきた。
そして力を付け、俺は次々とダンジョンを攻略していき、いつしか最強の剣士として名を馳せていた。
それから仲間達と共に、魔王討伐の度に出て5年。遂にここまで来たと言うわけだ。
目の前で真剣な表情をする仲間達。俺と恋人間近にまでなってる、可愛いヒーラーの子もいる。これが終わったら、俺はプロポーズしようと思う。
おっと、死亡フラグなんて言うなよ。俺はそんなものすらたたき折って来たんだ。今回も、上手くいくさ。
だがその時、空が突然真っ赤になり、けたたましい音が鳴り響く。
「な、なんだ! いったい何が?! 魔王の攻撃か?!」
あまりの事に驚く俺は、立ち上がって臨戦態勢をとる。だが、目の前の仲間達は座ったまま動かない。
「えっ? おい、お前等いったいどうしたんだ!」
しかも俺の問いかけにも答えない。
おい、どうなってるんだよこれは!! 世界は終わるのか?! なぁ、魔王の手によって、この世界はもう終わるのか?!
『サーバー復旧。強制シャットダウン開始。ログアウトします。保存していないデータは、消される可能性があります。保存をお願……』
「はっ?」
良く分からない人間じゃないような声が空に響いたと思った瞬間、俺の視界は真っ暗になり、意識が遠くなっていった。
あぁ……俺は、ここで終わるのか。そう、死を覚悟した。
―― ―― ――
「――ちゃん。――ちゃん!」
なんだかうるさい。俺は死んだんじゃ……。
あれ、という事はここは天国か?
何だか良く分からないけれど、体の感覚はある。だから、俺はゆっくりと目を開けてみる。
「あぁ……!! 玲美ちゃん! 良かった! 目が覚めたのね!!」
はっ? えっ……誰の事だ……? いや、俺の事か?
目の前に急にふくよかなおばさんが覗き込んでいて、大量の涙を流しながら俺に抱きついている。
なんだなんだ!! いったい何が……!
「ちょっ、ちょっと……あなたはいったい……えっ?」
そしてあまりの事に声を上げた瞬間俺は驚いた。声が、女の声だ。どういう事だ……何が起こってるんだ!
「あぁ、玲美、どうしたの? お母さんよ!」
「お、お母さん……えっ? その前に……俺、どうなって……」
「お、俺? 玲美……あなた男みたいな言葉使いで……いったいどうしたの?」
それはこっちが聞きたいんだ。何が起きてるんだ! 股間にあるはずのモノの感覚すらないんだよ! 代わりに胸になんか付いてるような……嫌な予感しかしないんだが……。
それと、世界はどうなったんだ?! 真っ赤になった空、仲間達はどうなった! 魔王は……!
すると、母親と名乗る人物の後ろから、真っ白な丈の長い服を着た人が話してくる。
「お母さん、落ち着いて下さい……どうやら玲美ちゃんは、あのゲームの中に入り込み過ぎていたようです。強制シャットダウンによるログアウトは成功しているようですが、どうやらデータの一部が脳に埋め込まれてしまっているようで……向こうで男性アバターを使っていた彼女は……完全に自分が男性だと思い込んでいるようです」
「そ、そんな……」
はっ? 何……えっ? 何今の会話……ゲーム? 男性アバター?
「あぅ!!」
すると、いきなり俺の頭が痛みだし、色々な景色、そして情報が流れ込んできた。
ゲーム、アバターという言葉がキーになったのか、俺の頭の中に記憶の奔流が発生し、俺の頭を混乱させてくる。
でも、確かに俺は女の子だった! そして、この人が母親なのも間違いない。
俺は、今村玲美。普通の会社員の父と、専業主婦の母親の元で暮らす、小学生だった。
黒髪の似合うセミロングに、パッチリした目。美少女と呼ばれるレベルだった。
「あぁ……玲美。私があんなゲームを買い与えたばっかりに……こんな事に。でも、もう大丈夫よ、もう大丈夫」
そして、俺は当時人気だったダイブ型のRPGをやりたくて、親にねだって買って貰った。その後、男性アバターに設定して開始した……が、そこから強い衝撃を受けて記憶を失ったんだ。
「あのゲームは、大量の子供達がそのゲームの中に閉じ込められるという事態になったので、廃止になりましたよ。しかし、子供達をそのゲームの中から救うのに、5年かかりました……玲美ちゃん、あなたはもう……高校生です」
「…………」
いったい俺はどうしたら良いんだ……男としての俺が、しっかりと残っている。玲美としての記憶もある……気持ち悪い。
俺はいったいなんなんだ、俺は何者なんだ!! もう、向こうの世界で使っていた名前すら思い出せない!!
こんな事なら、ずっとあの世界にいた方が良かったよ。
―― ―― ――
「玲美、ここがあなたの部屋よ」
「こ、ここが……お、私の部屋……」
あれから数日ほど検査を受け、これと言って問題ないと診断された俺は、家に帰ることとなった。
しかし、俺にとってここが自分の家という記憶、住んでいた記憶はあっても、それとは別に見知らぬ家にやって来たという感覚もあった。非常に気持ち悪い。
そして車から降りた俺は、母親に連れられて、家の中に入っていく。俺は一人っ子だったらしく、部屋も広め。『玲美』という看板がぶら下がった扉を通り、その部屋を見て、そこで生活していた記憶が一気に蘇る。
そのまま残された部屋だったから、記憶が溢れて来たんだと思う。
「……これが、今の私」
そして姿見に自分の姿を映し、その全容を確認した。
黒髪のセミロングは変わらない。筋力はどういうわけか、ゲームの中で刺激を受けていたのか、あまり衰えてはいないが、それでも細い腕と足。しばらくは筋肉を付けないといけないなと思った。
そしてパッチリとした目も変わらない。柔らかそうな唇も、整ったきめ細かい肌も変わらない。胸だけが、それなりに主張をしていた。
とにかく……俺は女の子だったんだ。
病院にいる数日で、それを嫌という程思い知った。
トイレの時、お風呂に入る時……自分自身の女の体を見て、複雑な気分になった。俺は本当に、女の子だったんだって……否応なしに突きつけてくる。
「今は混乱しているでしょうけど、お医者さんが言うには、その内女の子としての自分を取り戻し、元に戻っていくと仰っていたわ。大丈夫よ、辛いのはしばらくの間だけよ」
「ん……そう……」
それは、今の男としての俺が無くなるということか?
今も、母親に言われて女としての口調や態度を意識しているが……中身はどうしても男なんだと訴える俺がいる。それも、消えるのか?
怖い……怖いよ、俺がどうなってしまうのか、俺が俺でなくなる。
俺? いや、待て。そもそも俺は誰なんだ。俺は玲美なんだろう。だったら、この男としての俺は……誰なんだよ。
「う、うぅ……」
そんな事を考えていたら、俺は気分が悪くなり、その場にうずくまった。
「いけない、玲美。落ち着いて。今はまだしょうが無いの。でも、ちょっとずつ戻るから、大丈夫だからね……」
「う、うん……ごめん」
そう言って、母親は心配そうな顔をしながら俺の顔を覗き込む。本当に、心底不安そうな顔をしている。
ダメだ、この人に心配をかけたらダメだ。俺が、俺がちゃんとしていれば、その内何とかなるんだろう……それなら、腹を括るしか無い。
向こうで幾度もなく、命の危機にさらされてきた。それに比べたら、なんて事は無い。元に戻るだけなんだ……そう、元に戻るだけ。
それでも、寂しい気分になるのは……何でだろうな?
―― ―― ――
学校は、俺と同じ境遇になった人達が、夜の間学校の教室を借りて授業をする事になった。その大半が男で、自分の事を女だと思い込んでいた。それはそれで大変だけど、俺も割と大変だ。
女は柔肌だから、風呂にも気を遣ってしまう。強く擦ると赤くなる。
髪の毛だって、しっかりとトリートメントしないと痛んでしまう。ここ数日で分かった。
でも体は覚えているのか、割とすんなりと女の子の生活に慣れていくことが出来た。
それが逆に、俺が女の子なんだと心底思い知らしめてくる。
それなら、この男の心を持つ俺は誰で、俺はこのまま消えてしまうのだろうか?
「あっ、あの……君も、あのゲームの?」
すると、考え事をしている俺の隣から、男子が話しかけてくる。見た目強面の人が、そんな柔らかい言葉使いはないだろう……すごい違和感がある。
「あっ、えっと……そうです。お、私は……男としてゲームの中に」
「そ、そうなんだ……」
おいおい、そういう奴は他にもいるから、何俺をチラチラ見てるんだよ。
あぁ……他の女子は眼鏡かけてたり、のぺっとした顔立ちだったり、太っていたりするからな。
だからって、お前の心は女だろう? それなら、女である俺にドキドキしてるのは、マズいんじゃないか?
このクラスでは、そういった心と体のズレを直す場所でもあるんだからさ……だから頑張らないと、親に心配をかけないためにも。
「よ~し、お前等集まってるか! 今から授業を行う……前に、1つお前達にやって貰いたいものがある!」
また厳つそうな先生が入ってきたと思ったら、何か言ってきたよ。これ以上何をさせようって言うんだ?
「お前達はあのゲームの中で、全員異性を選び、心が戻ってない状態だ。そこで、ちと荒療治になるが、お前達には恋愛をして貰う!」
『え~!!!!』
クラス全員から叫び声が響いた。
まぁ、確かに嫌だよな……まだ自分の状態を受け入れられずに、混乱している奴だっているだろう。
現に俺だって、男と恋愛なんてごめんだよ……だけど従わないと、戻って上げないと……あの人を困らせる。
俺の中の何かが、そう訴えかけている。玲美としての、記憶と感情が……俺を……。
「き、君、良かったら、私とコッソリこれやらない?」
すると、また隣のやつが俺にそう言ってくる。中身強面の男なのに、クネクネと気色悪いぞ。
「そうは言っても、君中身女の子のままでしょ?」
「そういう君も男のままじゃん」
先生、これ意味を成さないんじゃないでしょうか? 体も心も異性同士ですよ。成り立っちゃう。
単にお互い精神が違ってるだけで、全く問題なくなっちゃうぞ。
あっ、だけど他の男子達もこっち見てる……まぁ、このクラスで可愛い系の女子と言ったら、10人もいないからな。そりゃこうなるか……。
だけど、これは意味がないと思う。
「よし、それじゃあ自己紹介からやっていってくれ~」
ダメだ……戻る方法。何とかして、両親に心配かけないようにしないと。
それが俺の……玲美の願いなんだ。何となく分かる。
だから俺は……。
「んっ?」
その時、俺のスマホにSNSのメッセージが入った。
「誰からだ? 『名無し』? はっ?」
そしてそこにはたった一言こう書いてあった。
『GAME OVER』
「何これ? まぁ、いいや。今は授業授業……」
良く分からないメッセージは、消すに限るよな。だから俺は、迷い無くそのメッセージを消した。
さぁ、頑張らないと……これからが大変だ。女の子の体に慣れて、社会でも通用するマナーを身に付けないと。
そして俺は、机に広がる教科書に目を落とした。